2020年 アメリカ
監督:クロエ・ジャオ
出演:フランシス・マクドーマンド
車上生活者の生き方を淡々と描く。 ★★★★
夫に先立たれたファーン(フランシス・マクドーマンド)は、リーマンショックの影響で職も家も失い、キャンピングカー暮らしを始める。
商品倉庫での仕分けや、オートキャンプ場での雑用などの短期労働で生活費を稼いではまた移動する生活を送っている。
国土の広いアメリカでは、そうした車上生活者は少なからずいるようだ。現代のノマド(遊牧民)である。
ホームレスか、と聞かれ、ファーンは、いいえ、ホームレスではなくてハウスレスよ、と答える。
ホームレスはこの社会のなかでの他者との繋がりがなくなり、生活の場所を失っている状態と考えられる。
それに比して、ハウスレスは単に定住する家がないだけで、社会とはちゃんと繋がっている存在である。
物語のあらすじを説明しても、この映画の魅力を伝えることにはならないだろう。
映画はファーンの生活ぶり、そしてそれを選択した生き方そのものを描こうとしている。
ノマド同士の出会いがあり、別れがある。
そして季節労働を繰り返して、西武の大自然の中で時間が流れて行く。
映像がとても美しい。それに合わせて流れる音楽もとても美しい。
マクドーマンドが実に存在感がある。
その存在そのものが物語性を孕んでいる、とでも言ったらいいだろうか。
さすがに「ファーゴ」と「スリー・ビルボード」で2度もアカデミー賞主演女優賞を獲っただけのことはある。
ファーンを始めとして、車上生活者たちはやむにやまれぬ事情からノマドとなるわけだが、家や土地に縛られない生活は、束縛からの解放という面も持っている。
今の管理社会でのがんじがらめの状態とは真逆のもの。
その日暮らしのようでもあるが、その自由さはある種の悟りの境地に通じるものかもしれない。
ロード・ムービーという範疇がある。
しかし、その場合は多くの場合は出発点と到着点がある。
さらにその旅には目的があって、登場人物はその旅によって人生が何かしら変わる。
この映画のファーンには、出発点も到着点もない、目的もない。
そうなのだ、車での移動しながらの寝起きは旅ではなく、生活そのもの、つまりは生きることそのものなのだ。
何も変わることはなく、これからもずっとそのようにして生きていくのだ。
我が身で考えてみると、そういう車上生活を1か月、いや1週間ぐらいだったらしてみてもいいなあと思う。
でも、これから先の人生をずっとそれでいけるかとなると、とてもではないが無理である。
終盤に、ファーンも定住生活への誘いを受ける。
彼女に好意を持つ初老の男性からの誘い、そして彼女のこれからの人生を心配する姉からの誘い。
しかしファーンは車中生活を送り続ける選択をするのである。
出演者はマクドーマンドともう一人を除いては、素人が本人役で出ているとのこと。
エンドロールでの出演者の名前をみても、ほとんどの役名と出演者名が一緒だった。
これには驚かされた。
というのも、彼らを観ている間は素人とはまったく思わなかったのだ。
それほどに自然な演技を皆がしていた。大したものだった。
ベネチア国際映画祭で金獅子賞を獲っています。
トロント映画祭でも大賞を獲っています。
ゴールデングローブ賞でもドラマ部門の最優秀作品賞と監督賞を獲っています。
追記) アカデミー賞でも作品賞、監督賞、そして主演女優賞を獲りました。