あきりんの映画生活

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「ドライブ・マイ・カー」 (2021年) 死者にとらわれた車の中の二人

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2021年 日本 179分
監督:濱口竜介
出演:西島秀俊、 三浦透子、 霧島れいか、 岡田将生

村上春樹原作。 ★★★★☆

 

村上春樹の短編集「女のいない男たち」所収の同名小説が原作。
あの短編小説を3時間の映画にしたのか。
しかも、ヨーロッパでは高い評価を受けて、米国アカデミー賞にもノミネートされている。
これは観ておかなくては・・・。

 

村上春樹の小説は、一種独特の文字を読む楽しさがある。
彼の小説の映画化が難しいのは、その面白さをどのように映像で伝えるものにするか、という点にあるだろう。
個人的には「風の歌を聴け」や「トニー滝谷」は好かったが、、「ノルウェイの森」は失敗作だと思っている。

 

今作は映像での語り方が緊張感を保ち続けていて、3時間の長さだったがまったく緩むところがなかった。
原作にはないエピソードも加えて、物語にも陰影が増えていた。
文字で読むのとはまた異なった、映像で伝えられる楽しさを味わうことができた。
これは、まず脚本がすばらしかったということだろう。

 

物語の大要についてはほとんどの人が知っていると思うので、ここでは繰り返さない。
ただ、不倫をしていた妻(霧島れいか)の死が予期されていなかった突然のものだったことは物語に膨らみをもたらしていた(原作では死因は癌だった)。
「今夜ゆっくり話したいことがあるの」という妻の最後の言葉は永遠に閉ざされてしまったものとなり、余韻を残していた。

 

映画的に工夫したなと思ったのは、ロケ地を広島にして、瀬戸内海の風景を取り入れたこと。
原作のように東京だけが舞台だったら、映像的な広がりは少なかっただろう。
それに主人公・家福(西島秀俊)の車を黄色のサーブ・コンパーティブルから赤色のサーブ・ターボに変えたこと。
画面での色も映えるし、なんといっても家福とみさき(三浦透子)が二人でサンルーフから手を突き出して煙草を吸う場面がよかった。

 

この映画の主人公はもちろん家福なのだが、それに勝るとも劣らない存在感を出していたのが無口でプロ意識に徹しているみさきだった。
不必要には他人に干渉しない、しかし家福の抱えている孤独感には寄り添うことができる。
ぶっきらぼうな態度にみえながら、実は深いものを抱えているみさきを三浦透子が好演していた。
(初めてポスター写真を見たときは、みさき役は小池栄子かと思った 苦笑)

 

妻が家福を愛していることは最後まで疑う余地はなかった。
それなのに妻は他の男と肉体関係を持っている。そしてそのことを家福は知ってしまっている。
自分のうちに隠しておかなければならない苦しみである。

 

そんな家福が車の中で、今も死んだ妻の吹き込んだ声と会話をしていることは象徴的だった。
あの車の中は死者とつながる空間だったのかもしれない。
そう考えると、やはり心の中に死者を抱えていたみさきが、この車の中で家福と少しずつ会話を始めるのも判るわけだ。

 

家福が演出していたチェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」については、その内容も含めて全く知らなかった。
おそらく戯曲が映画の物語とか重なる部分があるのだろうし、知っていればもっと楽しめたかもしれないと思ってしまう。残念だった。

 

エピローグのような(原作にはない)場面が最後に付いていた。
サーブを運転しているみさきは韓国で生活しているようだった。
頬の傷も直したようだったし、明るい笑顔となっていた。
ややとってつけたような感もあったが(もともとはこの映画は全編を韓国ロケで撮る予定だったらしいが・・・)、物語の締めとしてはさわやかで好かった。

 

村上春樹の小説から出発しながら、そこから離れた地点で映画として見事に完成していた。
すばらしい!
さあ、アカデミー賞を取ることはできるのだろうか?