あきりんの映画生活

映画鑑賞だけのブログです。★★★★が満点評価ですが、ときに思い入れ加算があります。約2000本の映画について載せていますので、お目当ての作品を検索で探してください。監督名、主演俳優名でも検索できます。

「空白」 (2021年) 心の空白は怒りで満たされる?

2021年 日本 107分
監督:吉田恵輔
出演:古田新太、 松坂桃李、 寺島信子

一つの事件が人の心を黒く塗りつぶす。 ★★★☆

 

老婆心ながら、これからこの映画を観ようとされている方にご注意。
この映画はかなり気持ちがしっかりしているときに観てください。
気持ちが沈んでいるとき、後ろ向きになっているときは、決して観ないでください。
それほどこの映画は重く辛い気持ちをぶつけてきます。

 

スーパー店長の青柳(松坂桃李)は、万引しようとしていた女子中学生を見つける。
彼女は店外に逃げ出し、青柳に追いかけられている内に車に轢かれて死んでしまう。
えっ、どうしてこんなことになるんだ! 俺が追いかけたからか? こんなことになってしまって、これからどうすればいいんだ?

 

この映画の要は、死んでしまった女子中学生の父親・充(古田新太)。
離婚をして一人で娘を育てていた充だったが、居丈高で短気な彼は娘にも無関心で怒鳴り散らしてばかりいたのだった。
その反動なのか、娘の死を受け止めきれない充は、死んだ原因となった青柳に度を超えた怒りをぶつけてくる。

 

モンスター・クレーマーである。
演じているのが古田新太なので、粗野で暴力的な雰囲気を全身であらわしている。
これは怖ろしい。こんな相手に絡まれたら、誰だって萎縮してしまうだろう。
そんな迫力で、来る日も来る日も青柳は責め立てられるのだ。
お前のせいで娘は死んだんだ。どうするつもりだっ!
必死に謝っても充の怒りは収まらない。そんなことで娘が生き返るとでも思ってんのかっ!

 

父から受け継いだスーパーを一生懸命切り盛りしていた青柳。
少し気の弱そうな、善良な青年を、松坂桃李が等身大に思える演技で好演。
これが「孤狼の血2」での暴力刑事と同じ人かと驚いてしまう。
つくづく役者ってすごいものだと思う。

 

充の怒りは娘が通っていた学校にも向けられる。
そして、娘を轢いてしまった小型車を運転していた女性が謝罪に訪れても、充はそれを受け入れようとはしない。
怒りをぶつけることで、娘に対して自分が何もしてこなかったことの後悔をまぎらわそうとしているようだ。
だから、自分の後悔が収まらない限り、青柳などへの怒りが収まることもないわけだ。

 

こんなモンスター化した相手に向き合わざるを得なくなったらどうすればいい?
我が身に引き換えてみると、本当に困惑する。怖ろしい。
青柳ではないが、それこそ自殺でもしてしまうほかない、と追い詰められてしまうのではないだろうか。
このあと、どうなる?

 

(以下、結末へのネタバレ)

 

娘を轢いてしまった女性は、充への謝罪が受け入れられないことを苦にして、自ら命を絶ってしまう。
充は、今度は自分が人が死ぬ原因を作ってしまったわけだ。立場が逆転する。
充は喪服を着てその女性の通夜に訪れる。
そこで充は女性の母親から謝罪される。えっ?

 

母親が言う、娘の罪は自分が背負って行く。自殺という道を選んで逃げた弱い娘を許してください。
この言葉を聞いたときから充の気持ちが少しずつ変化していったようだった。
娘の残した絵具で下手な絵を描いてみる充。

 

そしてラスト、スーパーを閉店して交通整理仕事をしていた青柳と偶然に出会う。
今もなお謝りつづける青柳に充は答える、
お互いに失うものがあった。そっちは何度も謝ってくれたが、自分は一度も謝ってない、でも
今はまだ無理なんだ。もう少し時間が必要なんだ。

 

これは、それまでの充の姿が激しかっただけに、よりいっそう印象的な好い場面だった。
充の心に出来た空白を埋めたものは・・・。

 

古田新太あっての映画だった。
彼以外にこの役に合う役者はは思いつかないな。