あきりんの映画生活

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「アノーラ」 (2024年) きれい事ではない”プリティ・ウーマン”

2024年 139分 アメリカ 
監督:ショーン・ベイカー
出演:マイキー・マディソン、 マーク・エイデルシュテイン、 ユーリー・ボリソフ

人間ドラマ。 ★★★☆

 

評判となっている本作はカンヌ映画祭パルムドールを取り、アカデミー賞では作品賞や監督賞、主演女優賞など5部門を取った。
たしかにある種の力業でぐいぐいと物語世界に惹き込んでくれる映画だった。
(それにしても、カンヌでの評価は納得なのだが、アカデミーもこれを評価したことにはいささか驚いた。)

 

ヒロインはニューヨークでセックスワーカーをしているアニーことアノーラ(マイキー・マディソン
)。
彼女は客として店を訪れたロシア人の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュテイン)に気に入られる。
彼の豪邸に出張(?)したり、ついには15,000ドルで1週間の契約彼女になったりする。

 

というぐあいに、物語の出だしは「プリティ・ウーマン」の現代版、現実版。
映画紹介ではアノーラの職業をストリップ・ダンサーとしているものが多いけれど、対面の客にはかなり性的なサービスもするような感じ。(途中ではイヴァンの母親が娼婦扱いをしていた)

 

プリティ・ウーマン」との一番の違いは、まったくメルヘンチックではないところ。
セックスワーカーとしてのお仕事場面もこれでもかと言うぐらいに描かれる(18禁、宜なるかな)。
そして、ドタバタコメディ風の部分があるのにもかかわらず、結末に向かっての展開がかなり深刻なところ。
最終的にはしっかりと人間ドラマなのである。

 

前半は、”契約彼女”となったアノーラとロシア御曹司イヴァンとの、パーティやショッピングなどの贅沢三昧の日々が描かれる。
金持ちどら息子はもうどうしようもないなあという感じ。こんな男、お金のためでなけりゃ付き合いきれんぜ、まったく。
挙げ句の果てにラスベガスに出かけた二人は衝動的に結婚までしてしまう。

 

と、そのことを聞きつけたイヴァンの両親は、娼婦と結婚するなんてとんでもないと、結婚を阻止するために屈強な男たちを送り込んでくる。
ここからは映画の雰囲気がガラッと変わってハチャメチャ・コメディ調となる。
この転換はお見事だった。

 

両親の怒りを恐れたイヴァンは、アノーラをほっぽり出して自分1人でいなくなってしまう。
結局iヴァンは逃げ場を求めていただけで、相手はアノーラでなくてもよかったんじゃないのかと思えてくる。
アノーラがかわいそうだな。

 

そこからのイヴァンを探すアノーラと屈強な男たちのドタバタ劇が楽しい。
そしてロシアからは高飛車な母親、尊大な父親が自家用ジェット機でやってくる。

 

そりゃ二人の結婚がすぐに破綻するだろうことは観ている者には感じ取れるし、アノーラ自身も判っていたのではないだろうか。
圧倒的な身分違い、圧倒的な貧富の差に、弱者であるアノーラは簡単に打ちのめされるしかないのだ。
アノーラは勝ち誇るイヴァンの母親に、イヴァンはあんたのような母親が嫌いなのよ、だからあんたが一番嫌がるような私と結婚したのよ、そんなこともわからないの、と捨て台詞を吐いて去るのだ。

 

イヴァンに比して、観ている人が好感を持ったのは木訥な感じを与える用心棒のイゴール(ユーリー・ボリソフ)だろう。
アノーラの気持ちにそれとなく寄りそおうとしたりしている。
どこかで観た気がしたのだが、ああそうだ、カンヌでグランプリを獲ったフィンランド映画「コンパートメントNo.6」の人だった。
あの映画での彼も、はじめは粗野な感じだったのだが、次第にヒロインの気持ちを優しく受け止める役柄だった。
(誰だ、顔つきがちょっとプーチンに似ているぞ、なんて言っているのは?)

 

終盤近く、イゴールは、君があの一族にならないで良かったよ、とアノーラに声をかける。
しかしアノーラは、あんたの意見なんかいらない、と突っぱねる。
アノーラは一切の同情や憐れみを振り捨てて生きていこうとしているのだろう。

 

最後、しかしアノーラはイゴールに性的な行為で感謝を示す。
彼女にはこれしかできなかったのだろう。
それは愛とかでは決してなく、イゴールの共感同情の優しさに対する感謝だったのだろう。

 

そしてアノーラは1人で泣くのだ。雪が降る中で車のワイパー音だけが聞こえてくる。そして無音のままのエンドロールへ。
好いエンディングだった。
この監督の作品は初めて観たが、さすがに力のあるものだった。