1993年 香港 172分
監督:チェン・カイコー
出演:レスリー・チャン、 チャン・フォンイー、 コン・リー
京劇役者がたどる大河ドラマ。 ★★★★☆
京劇の古典『覇王別姫』を演じる2人の役者の愛憎を、50年に及ぶ中国の激動の時代を背景に描いた一編。
3時間近い長尺だが、歴史に翻弄される主人公たちを描いて、全くだれることはない。文字通りの大河ドラマ。
カンヌ国際映画祭パルムドール賞を受賞している。
幼い頃から京劇の劇団で育った小豆(後の蝶衣、レスリー・チャン)と石頭(後の小楼、チャン・フォニー)は、「覇王別姫」を十八番とする花形役者へと成長していく。
女形であった蝶衣は小楼に恋心も抱いていくのだが、小楼の方は兄弟愛以上のものは感じてくれずに、遊郭で知り合った菊仙(コン・リー)と結婚してしまう。
京劇と遊郭という、それぞれ特殊で閉鎖的な世界に暮らしてきた三人の愛憎が錯綜する。
三人を取りまく時代も大きくうねり、政府の推進する画一化政策に京劇そのものの運命も悲劇的な道をたどる。
「覇王別姫」は劉邦と闘って破れた項羽の、四面楚歌の場面を題材にしているようだ。あの有名な、虞や、虞や、汝をいかんせん、と嘆く場面だ。
隈取りなどの濃い化粧、華美な衣装、そして鉦の音に合わせての独特の感高い歌声。
伝統的な京劇の様式美が、流動する歴史と、きっきりとした対をなしていた。
清時代の京劇が華やかだった時代、盧溝橋事件からはじまる日本軍統治時代、そして戦後の国民党政権時代、さらに京劇が激しく弾圧された文化大革命。
歴史の波が3人を襲い、それぞれが必死な3人の愛が大きく翻弄される様が痛ましい。
文化大革命のとき、京劇は人民の的だとされ、人々の前で自己批判をさせられる場面は見ていて辛いものだった。
追い詰められた小楼も菊仙も、人間性の醜いところまでも晒けだして罵りあう。
時代はここまで個人に辛くあたるのか、と思ってしまう。
女形を演じたレスリー・チャンの美しさは特筆すべきもの。
彼はこの映画の10年後に自らの命を絶っている。
生前に彼はホモ・セクシャルであることを公言していた。この映画での蝶衣役と重なるようなレスリーの実生活である。
中国のたどった時代の波と、その中で展開される個人の愛憎の波がからみ合って、圧倒的な物語となっている。
時代も個人も、みんな一生懸命なのだが、一生懸命な分だけ悲劇も激しい。
京劇の鉦の音がいつまでも耳に残る。
ずっしりと重い充実感を残してくれる作品である。