あきりんの映画生活

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「エル・スール」 (1982年)

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1982年 スペイン 95分
監督:ビクトル・エリセ

静かな父娘のドラマ。 ★★★★★

ミツバチのささやき」で静謐な叙情を見せてくれたエリセ監督の長編第2作。
一人娘のエストレリャと、彼女の父・アグスティンの物語だが、この映画も、どの画面を切り取っても静かに美しい。

映画は、朝早い薄暗い室内の場面から始まる。
15歳のエストレリャは、犬の吠える声と、母と家政婦が父を捜して叫び合う声で目覚める。
そしてエストレリャは、父が愛用していた振り子を枕の下から発見し、父がもう帰ってくるつもりがないことを悟る。

映画は、そこから父にまつわる過去を振りかえるエストレリャのモノローグですすむ。
スペイン内乱の後に、エストレリャ一家は屋根にカモメの風向計があるために、カモメの家と呼ばれていた一軒家で暮らしていた。
父・アグスティンは医師であったが、振り子を使ってのダウジングの名人でもあった。
そんな父は、一見、穏やかで子煩悩な優しい父のように見えるのだが、実は政治で深く傷つき、鬱屈したものを内部に抱えている人物でもあることが、次第にわかってくる。

鋭い眼光で、それでいていつも憂いを内包しているような父親が印象的だ。
光と影の強い画面は、まるでオランダ絵画を見ているよう。
周囲から隔絶されたような広野にカモメの飾りがつけられた家がぽつんとたっている風情も好い。
そして家の前の道が何度も映る。そこを父のバイクが遠ざかっていき、成長した日々の少女の自転車が走る。

幼いエストレリャの初めての聖体拝受を祝う場面がある。
わざわざアグスティンの実家がある南部から、祖母と乳母も訪れたりもする。
おそらくは無神論者で教会へも行ったことがないであろう父が、娘の祝いのために教会へ来てくれるのである。
そしてその祝いの席では、父と娘は一緒に踊るのである。
鬱鬱とした父なのだが、娘のためには精一杯のことをしてくれたのである。

成長していったエストレリャは、父がある女性への思いを断ちがたく抱いていることも知る。
ますます心を閉ざしていく父が、自分から遠ざかっていくように娘は感じている。

この映画では、静かな音や声も物語に深い味わいを添えている。
父が居なくなった娘を探すようにステッキで床をこつこつと鳴らす音や、冒頭の母が父を捜し求めている声や・・・。

ある日、父は娘の学校を訪れ、昼休みにレストランで一緒に食事をとる。
ここでの父娘の会話は、お互いがお互いを気遣いながらも、気持ちがどうしようもなくすれ違っていて、深い悲しみのようなものをたたえている。
そして、これが父と交わした最後の会話だった、というエストレリャのモノローグが重なる。

父の死にショックを受けたエストレリャは、父の実家のある南の地方(エル・スール)へと向かうこととなる。
エストレリャは父の思い出を書きとどめてきた日記帳や、父の遺品となった振り子を鞄に入れて準備を整える。

”エル・スール(南)”とは、いったいなにの謂だったのだろう。
静かな悲しみ、静かな美しさ、静かな冷たさ、そんなものがひたひたと伝わってくる映画です。