あきりんの映画生活

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「過去のない男」 (2002年)

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2002年 フィンランド 97分
監督:アキ・カウリスマキ
出演:マルック・ペルトラ、 カティ・オウティネン

人生が新しく始まる。 ★★★★☆

列車から夜のヘルシンキに降り立った男は、公園のベンチで暴漢に襲われる。
奇跡的に意識を取り戻した男は、過去の記憶をなくしていた。
自分の名前も分からない。俺はいったい誰なんだ?

カウリスマキ監督独特の、ゆるい、というか、ぬるいという感じが映画全体に漂っている。
状況は深刻で、不安がいっぱいになっているのだが、それなのに映画は淡々とすすむ。
登場人物たちはみな表情に乏しい。それなのに、じんわりと伝わってくるものがある。

ふたたび倒れた男は、コンテナで暮らしている貧しい一家に助けられる。
その家の主人に連れられて、男は救世軍の炊き出しの食事をもらいに行く。
男は、そこでスープをついでくれたイルマ(カティ・オウティネン)に心を惹かれていく。

過去の記憶がなくなるということは、それまで生きて来た人生を失うことに等しいわけだ。
そんな時、人は自分の存在理由をどういう風に考えるのだろう?
まったくの無である自分を、どんな意味のある存在だと考えることができるのだろう?

男を支えてくれる港町の人たちが、ほんわかと暖かい。
強面の悪人のような警備員は、男のために空いていたコンテナ・ハウスを用意してくれる。
電気業者は電柱から電気を盗んでくれる。
お礼をどうしたらいい?と問う男に、彼は「俺が死んだら情けを」と言って去って行く。
深夜食堂では、お湯だけをもらって使い古したティーパックを浸す男に、女店員が残り物だけれどと言って食事を出してくれる。

イルマとの恋物語も淡々と進む。
財産も記憶もなんにもない中年男と、真面目に地味に生きて来た中年女の、デート。
二人のぎごちなさに、なんとも応援したくなってくる。

あと好かったのは音楽。
救世軍のバンドがときおり演奏する場面がある。これがとても好い。
このバンドはフィンランドの人気バンドだったとのこと。救世軍の女性上司が歌ったりもするのだが上手い。実は、彼女もフィンランドの人気歌手とのことだった。

この映画、カウリスマキ監督の”敗者三部作”(なんというネーミングだ!)の一つとされている。
とても静かなのだが(そして一切の盛り上がりはないのだが)、なんともこのゆるい感じが心地よい。
貧しい人々の暮らしなのだが、そうやって男の人生が新しく始まっていく。
好い映画でした。

カンヌ国際映画祭でグランプリと主演女優賞を受賞しています。