2020年 イギリス 95分
監督:ロジャー・ミシェル
出演:ジム・ブロードベント、 ヘレン・ミレン
名画盗難の真相。 ★★★
ゴヤの名画「ウェリントン公爵」は、実際に1961年に盗難事件に遭い、当時のイギリス中で大きな話題になった。
この映画はその事件の顛末を元に作られている。
こんな珍妙な盗難事件が本当にあったとは、驚いてしまう。
ロンドンに住むケンプトン(ジム・ブロードベント)は人は好いのだが、独りよがりのところがある理想主義者。
おまけに超おしゃべり。周りの人は、ちょっと迷惑がっている?
で、仕事も長続きせず、自分は作家気取りで妻ドロシー(ヘレン・ミレン)に頼りきった生活をしている。
そんなケンプトンは、年金生活者のために公共TV放送の受信料無料化を求める活動をしていた。
しかしそれも独りよがりな思い込み活動で、誰にも相手にされていない。
傍目からはちょっとイタイ感じなのだが、ケンプトンはそんなことには無頓着。
ジム・ブロードベントが飄々とした演技で、人をくっている。
そして彼は美術館“ロンドン・ナショナル・ギャラリー”からゴヤの傑作「ウェリントン公爵の肖像」を盗み出してしまうのだ。
名画だから警備も万全で簡単に盗めるはずもないと誰もが思うところだが、なんとケンプトンは窓から忍び込んで易々と盗んでしまう。あれ?
こんなことが本当にあったの?
ここからの展開が面白い。
警察は、名画窃盗は大がかりな国際的盗みのプロ集団の仕業に違いないと考える。
まあ、普通に考えればそうだよなあ。
警察の威信にかけても何としてでも犯人を捕らえなくては。名画を取り戻さなければ。
そのうちに犯人からの要求が届く。名画を返して欲しかったら高齢者の公共TV視聴料を無料にしろ!
なんだ、この人を馬鹿にしたような要求は。
14万ポンド(日本円にすると数千万円?)の名画だぞ。
劇中で007シリーズの第一作「007/ドクター・ノオ」が映る場面がある。
実はあの映画では、盗まれて所在不明の「ウェリントン公爵」はドクター・ノオのアジトにさりげなく飾られていたのだ。
そうか、007の世界ではあの名画を盗んだのはドクター・ノオだったのか。有名事件だったのだな。
それをこっそり挿入するなんて、監督のユーモア、ウィットが垣間見られるなあ。
さすがに警察は無能ではなかった。
やがてケンプトンは名画窃盗犯として逮捕されてしまい、裁判員裁判が始まる。
ここからの裁判場面が面白い。
ケンプトンは持ち前の(時に独りよがりだった)話術で、滔々と持論を述べて居合わせた人々を自分の世界に引きこんでしまう。
自分は私利私欲でやったわけではないぞ。あんな絵に高い税金を使うぐらいならそのお金で貧しい人たちに無料でTVを観る歓びを与えてやってくれ。
はたして彼は罪に問われるのか・・・。
(以下、ネタバレ)
判決が言い渡され、まず一つ目の罪で有罪!と宣告される。
えっ、有罪? 当然無罪になるのだろうと思って観ていた者は、期待と違っていささかがっかりする展開・・・。
しかしそれは些末な罪だった。それに続く肝心の罪状3つでは、どれも無罪!
やったね。
しかも、名画窃盗の”罪”は、ケンプトンが残された息子を護るためにとった行動でもあったのだ。
おお、そんな裏事情もあったのか。そうか、本当に心優しい泥棒だったのだね。
暴走気味の夫に呆れ果てながらも、芯のところではケンプトンの好き理解者でもある妻を、ヘレン・ミレンがさりげなく演じていた。
犯罪を描いた物語ですが、本質は人情ドラマでした。
見終わったあとで、それこそ”優しい”気持ちになれる映画でした。