あきりんの映画生活

映画鑑賞だけのブログです(苦笑)。★★★★が満点評価ですが、ときに思い入れ加算があります。

「移動都市 モータル・エンジン」 (2017年)

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2018年 アメリカ 129分
監督:クリスチャン・リバーズ
出演:ヒューゴ・ウィーヴィング、 ヘラ・ヒルマー

近未来SFアドベンチャー。 ★★☆

 

ロード・オブ・ザ・リング」「ホビット」のピーター・ジャクソン製作・脚本
文明が荒廃してしまった近未来の物語。
そこでは人々は巨大な車輪のついた台車の上に都市を創り、移動しながら他の弱い都市を襲っては、自分の都市を豊かにしようとしていた。
市長サディアスが治める巨大移動都市ロンドンは、弱肉強食の世界で圧倒的な力を有していた。

 

オープニングに、その巨大移動都市ロンドンが小さな移動都市を追い詰め捕獲する。
ガソリンエンジンで動いているような、ちょっとノスタルジックな動きを見せて、この映像は実に想像力をかき立てるものだった。

 

そういえばジブリの映画に「ハウルの動く城」というのがあった。
しかし二つの映画の原作は違うようで、あちらの原作は1986年の児童小説「魔法使いハウルと火の悪魔」、こちらは2001年のSF小説「移動都市」とのこと。
動くものも、(がらくたを寄せ集めたような)一つの城と、大勢の人が暮らす都市全体、という違いがあった。
基本的なイメージは似ている気がする。影響は受けている?

 

さて、この巨大移動都市ロンドンに顔半分をマスクで隠した少女ヘスター(ヘラ・ヒルマー)が潜入してくる。
彼女の目的は、母を死に追いやったサディアスに復讐を果たすことだった。

 

歴史オタクの青年(彼が表向きの主人公)や、サディアスの娘も登場してくる。
へスラーに協力したり、父親に反抗したり・・・。
しかし、登場人物たちはみんな人間性が描けていなくて、当たり障りのない(魅力に乏しい)ものだった。残念。

 

移動都市ロンドンには、それに抵抗する反移動都市同盟があった。
彼等は居住地を移動させずに巨大な壁を築いてロンドンに対抗しようとしていた。
移動しながら攻め込もうとするロンドン、迎え撃つ定住都市軍。

 

このあたりの戦い場面は空中戦もあって、なかなかに好くできていた。
特に蚊のような飛行機を操って大暴れするアジア系女子がいて、親分肌の彼女が格好良かった。

 

映像的には確かに面白いものだった。
しかし”都市が動く”というのが謳い文句なら、それをもっと前面に押し出したものにして欲しかった。
それに、そもそも都市がわざわざ動かなければならない必然性はどこにあったのだ? 
と、それを言ってはいけないのか・・・(汗)。

 

あまり多くのものを求めずに、とにかく都市が動くという映像を観たい、という方にお勧め。

 

「レプリカズ」 (2017年)

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2017年 アメリカ 107分
監督:ジェフリー・ナックマナフ
出演:キアヌ・リーブス、 アリス・イブ

アンドロイド、そしてクローン。 ★★☆

 

愛する妻が、愛する子どもたちが死んでしまったら、どうする?
そしてもし、死んだ彼らを再生できる方法を自分が持っていたら、どうする?
感情と倫理観がせめぎ合うなあ。

 

フォスター(キアヌ・リーブス)は神経科学者で、彼の死んだ人間の意識をコンピュータに移す実験はほぼ成功していた。
そんなある夜、自分が運転していた自動車の事故で妻と3人の子どもたちが死んでしまう。
一人生き残ったフォスターは呆然と家族の遺体を見つめる。
さあここから、マッド・サイエンテスト(!)となったフォスターの暴走が始まるぞ。

 

フォスターは渋る研究者仲間を無理矢理協力者にしてしまう。
彼はクローン再生の技術を持っていたのだ。
研究所の高価な機械をこっそりと持ち出して、ファスターは家族の身体をクローンで再生してしまうのだ。
日々、培養タンクの中で何かが育って人の形になってきたぞ。

 

この作品では、クローン再生された人はその細胞を採取した時点の身体で蘇る。
つまり妻は亡くなったときの妻の姿として、幼い子どもたちはその時の年齢の姿で。
これはかなり都合がいい設定ではある。何年も待たずにお話はスムースに続く(笑)。
(余談になるが、ウィル・スミスの「ジェミニマン」ではクローン再生された人は新生児だった)

 

肉体はクローンとして再生できたとして、その人の心や記憶はどうなる?
ここでフォスターの研究が生きてくる。
死者から取りだした記憶などをクローン人間に移すわけだ。
すると、妻は、あら、私は眠っていたのかしら。ドライブに出かけた夜(要するに事故に遭って死んだ夜、です)から後のことを覚えていないわ。

 

映画は愛する家族のために暴走する科学者だけでは盛りあがらない。
そこで、ちゃんと悪者も登場する。
フォスターに研究をさせていた会社は実は・・・。そしてその研究の真の目的は実は・・・、ということになっていくのだ。

 

実際のところ、ここまでくると、とってつけたような展開で、ええっ?となってしまう。
これまでのサスペンスものでもよくあるパターンと言ってしまえば、それまでのこと(苦笑)。

 

ツッコミどころはいたるところにある映画ですが、そんなことには目をつぶって楽しみましょう。

エンディングでは南の楽園でフォスター一家の幸せそうな姿が映る。
浜辺の向こうからやって来るのはゾーイじゃないか。
ゾーイも再生できたのだね、好かった好かった・・・。
しかし、本当にこんなことで好いの? お気楽すぎじゃないの?

 

「ナイブス・アウト」 (2019年)

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2019年 アメリカ 131分
監督:ライアン・ジョンソン
出演:ダニエル・クレイグ、 アナ・デ・アルマス、 ジェイミー・リー・カーティス
    クリス・エバンス、 クリストファー・プラマー、 トニ・コレット

名探偵の殺人事件謎解きもの。 ★★★☆

 

アガサ・クリスティーに捧げたという本作。
とすれば本格ミステリー、ハードな謎解きものを期待してしまうところ。
しかし、ちょっと違った。言ってみれば倒叙ミステリー風であった。

 

館という限られた空間が舞台、ナイフで首を切られて死んだ老富豪ハーラン(クリストファー・プラマー)がいて、それぞれに動機を抱えた親族が集まっている。
そしてピアノの音と共に登場する名探偵ブラン(ダニエル・クレイグ)。
その助手を老富豪殺害の動機を持たない看護師アニタ(アナ・デ・アルマス)が務める。
探偵と助手は事件の真相へ迫ることができるのか、という設定。
これは推理ものファンなら、待ってました、というお膳立て。

 

老富豪の死は、当初は自殺かとも思われていた。
しかし、謎の人物によって雇われてこの屋敷にやってきた名探偵は、これは殺人事件だと捜査を開始したのだ。
さあ、関係者からの証言を集めるぞ。
誰がどんな動機を持っていて、誰が犯行時刻に何をしていたんだ? そして、嘘をついているのは誰だ?

 

資産家の一族って、みんな事情を抱えているのが通例。
みんな老富豪にたかって(!)生活していたんだねえ。お金は人を駄目にしてしまうんだねえ。

 

面白いのは看護師アニタの特異体質。
なんと彼女は嘘をつくとあまりの気持ち悪さに嘔吐してしまうのだ。
正直者の彼女。だから彼女の証言だけは無条件に信じていいというルールが成り立っている。
これは映画を面白くしている要素のひとつだった。

 

脇役も豪華である。
キャプテン・アメリカでは優等生だったはずのクリス・エヴァンスが一家の問題児役。
もう悪賢いことを企んだりする。
それにお高くとまったジェイミー・リー・カーティスや、型破り宗教家のトニ・コレットなど、ひと癖もふた癖もある人物像にぴったりだった。

 

(以下、完全ネタバレ)

 

実はハーランはある状況に陥った結果、自殺をしたのだった。
そしてその状況を作ってしまったアニタを助けるべく、ハーラン自身が策を弄したのだった。
だからここからは、観ている者はアニタの犯したことがブランにバレやしないかとハラハラしながら映画を観ることになる。

 

始めから謎だった誰が、何のために、ブランに捜査を依頼したのか、という謎も、見事に種明かしが為されていた。
なるほど、納得。クリス・エヴァンスも悪よのお。

 

それにしても、どうしても引っかかってしまったのは、これ無自覚なのだけれども、アニタは自殺示唆の罪には問われないのだろうか、ということ。
彼女が、10分後には死ぬ運命だ、と言わなければハーランも自殺しなかっただろうから。
でも、それには触れないのが好いのだろうな。

 

部屋に飾ってあった短剣のにも気持ちよく一杯食わされた。
それに、冒頭に映った「マイ・ハウス」と書かれたマグ・カップが、最後の場面で皮肉たっぷりに映ったところは、お見事!だった。

 

 

「サバービコン 仮面を被った街」 (2017年)

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2017年 アメリカ 105分
監督:ジョージ・クルーニー
出演:マット・デイモン、 ジュリアン・ムーア

スプラッター・ブラック・コメディ。 ★★★☆

 

監督はジョージ・クルーニーだが、脚本はあのコーエン兄弟
だから全体の雰囲気は、まったくのコーエン節だった。
お馴染みの小悪党がどんどんと不運の連鎖にはまっていくというブラック劇で面白い。

 

1950年代(ということは、一部ではまだ公然と黒人差別がおこなわれていた頃だ)の一見平和なニュータウン、サバービコンが舞台。
そこに暮らす良識人の父ガードナー(マット・デイモン)と車椅子の母ローズ(ジュリアン・ムーア)、息子のニッキー。
一家には母の双子の姉マーガレット(ジュリアン・ムーアの二役)も一緒に暮らしていた。

 

そんな一家にある夜、強盗が押し入りちょっとした手違いでローズが亡くなってしまう。
そこでマーガレットが母親代わりとなり、新しい3人での生活が始まる。
しかし、ガードナーとマーガレットはどうもローズが生きていた頃から好い仲のようだったのだ・・・。

 

観ている人はだれでも、ははあ、この強盗時間には裏があるのだなと思う。
そう、この映画は事件の裏を明きらかにすることが眼目ではないのだ。
その(浅はかな)悪巧みが巻き起こすその後の、あれよ、あれよ、という展開が眼目なのだ。

 

ローズの死を調査にやってきた保険会社調査員にオスカー・アイザック
親切そうに見える彼が、ローズの死について、ただの調査ですからと言って鋭い疑問をしてくる。
このあたりのやりとりはゾクゾクするほど面白い。
後ろめたいマーガレットは言わなくてもいいことまで口走ってしまい、ますます疑われてしまう。

 

そうなのだよね、小心者の善人は決して悪事はするものではないのだね。
ガードナーも必死で対抗策を考える。
でも所詮は一般市民が犯した悪事。プロの調査員にはかないっこない。
そして、・・・オスカー・アイザック、お主も悪よのお(笑)。

 

さてガードナーたちの物語と平行してもうひとつの物語も描かれる。
彼の家の隣に黒人一家が引っ越してきたのだ。
以前からの住民は大騒ぎ。白人だけの街だというからここに家を買ったのに・・・。
黒人の排斥運動が公然と繰り広げられる。

 

さあ、隣では街中の人が集まって大騒ぎをしている最中に、ガードナー家では大変の事態になっていく。

 

こうして二つの物語が展開する。
それぞれに面白いお話なのだが、残念だったのはこの二つの物語がまったくかみ合っていなかったこと。
もうちょっと工夫すればよかったのに。

 

最後に不満をもうひとつ。
邦題に付いている「仮面を被った街」って、なに? 的外れの題は付けないで欲しいなあ。

 

「レインメーカー」 (1997年)

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1997年 アメリ
監督:フランシス・フォード・コッポラ
出演;マット・デイモン、 ダニ・デビート、 ジョン・ボイド、 クレア・デインズ

青春法廷もの。 ★★★☆

 

原作はジョン・グリシャムの「原告側弁護人」。ということは、物語の骨格はしっかりしているはず。
監督は当たり外れの多いフランシス・フォード・コッポラ(失礼!)。この映画ではどうか?

 

結論から言って、ストーリーには既視感があるものの、正統な法廷もので見せてくれた。
俳優陣も好い。
若くて初々しいマット・デイモン。同じ年にはあの「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」も後悔されていた。
相棒となるダニー・デビートがコミカルながらも、有能な助手としてよくやってくれるのだ。

 

司法試験に合格したばかりのルーディは、ちょい悪なのだけれども親分肌のボス(ミッキー・ローク)の弁護士事務所で働き出す。
司法試験に落ちまくっている同じ事務所のデック(ダニー・デヴィート)はこの世界の裏表を知り尽くしてる好き相棒。
ここでルーディは、保険会社に保険金支払いを拒否され治療を受けられない白血病患者の一家を受け持つことになる。

この相手となる保険会社が大悪者。
とにかく甘い言葉で困っている人に契約させるのだが、いざ保険金の支払い請求がきてもことごとく拒否するのだ。
そして請求の何分の一かの和解金を払えば訴訟されることはないという算段なのだ。

 

しかし、保険金がもらえなかったばかりに骨髄移植の費用が払えずに死んでゆく息子のために、この保険会社を訴えた母親がいたのだ。
さあ、ルーディもデックの助けを借りて頑張るぞ。
保険会社が雇っているのは大手事務所の辣腕弁護士・ドラモンド(ジョン・ヴォイト)。
ヴォイトがまた憎たらしいぐらいにこちらの弱いところを付いてくる。

法廷ものは記録や証言などの証拠をいかに上手く活かすか、そして陪審員の気持ちをいかに自分の側へ惹きつけるか、このやりとりが醍醐味である。
さすがにグリシャム原作だけあって緩むことはなく、裁判は進む。
それにしても、判事の性格、心情で裁判もずいぶんと左右されることにはびっくり。
それ、いいの?

 

メインの物語と平行して、ルーディが心惹かれたDVに悩む女性ケリー(クレア・ディアンズ)を助ける話が絡む。
こちらの物語にはあれあれというような展開もあったのだが、これ、余分だったのではないだろうか。
悪徳保険会社相手の戦いに絞った方が好かった気がするのだが、どんなものだろう。

 

タイトルの「レインメーカー」というのは、依頼人に大金の雨を降らす弁護士、といった意味らしい。
今回のルーディは裁判には見事に勝つのだが、レインメーカーには結局はなれなかった。
しかし新しい道への第1歩を踏み始めた。
気持ちの好いエンディングだった。

 

「シルク」 (2007年)

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2007年 カナダ 109分
監督:フランソワール・ジラール
出演:マイケル・ピット、 キーラ・ナイトレイ、 芦名星

国を超えたラブ・ストーリー。 ★★

 

日本・カナダ・フランス・イタリア・イギリスの合作映画とのこと。
撮影現場ではどうやって会話をしたのだろう? みんな英語が堪能だった?

 

舞台は19世紀のフランス。
兵役から戻ったエルヴェ(マイケル・ビット)は、小学校教師のエレーヌ(キーラ・ナイトレイ)と恋に落ち、結婚する。
その頃、村の産業である製糸工場は蚕の流行病で大打撃を受けていた。
工場で働いていたエルヴァは良質な蚕の卵を求めて遙か東の日本へ旅立つことになる。

 

いい加減な情報で観始めたものだから、あれ?主役がブラピじゃないぞ?
そうなのです、マイケル・ビットとブラッド・ピットを間違えていたのでした(苦笑)。
ま、キーラ・ナイトレイが出ているからいいや。

 

さて、東の果ての国の日本への旅だが、これは当時としては大変に危険を伴う旅程だったようだ。
真冬のフランスから鉄道を乗り継いでロシアへ。キエフからは雪橇を乗り継いでウラジオストクへ。そこからは密航船で日本海を渡ってくるのだ。

 

日本の描き方は、どこか若干の違和感もあるのだが、まあ許容範囲内。
幕末の時代。エルヴァはやっとのことで蚕業者・原十兵衛(役所広司)が治める村へやって来る。
そこでエルヴェは、十兵衛の妻(芦名星)に出会う。
彼はたちまち彼女に惹かれ、彼女もまた意味ありげな素振りを見せたのだ。

 

この映画はどうもすべてが曖昧なままに進んでしまう。
そこが何とも感情移入のしずらいところ。
何もしゃべらない芦名星演じる女性にエルヴェが惹かれる理由がまず判らない。
彼女は奇妙な作法でお茶を出したり、客の前でいきなり夫の膝を枕にして横になったりする。
フランス人が考える神秘的な日本女性って、こんなもの?

 

とにかく彼女のことが忘れられないエルヴェは、二度、三度と日本への旅をする。
夫が別の女性に心を奪われていることをエレーヌも気づいてしまっているのだ。
そう、この映画は不実に走った夫をそれでもなお愛し続けた妻の物語として観ることができる。

 

(以下、ネタバレ)

 

日本語で書かれた愛を告白する手紙は、実は亡くなったエレーヌが書いたものだった。
この手紙を読んで夫は自分から去ってしまうのか、それとも自分の元へ帰ってきてくれるのか・・・。

 

美しい音楽は坂本龍一
しかし、映画自体は魅力のポイントがずれているようで、入りこめないままだった。

 

「ジョジョ・ラビット」 (2019年)

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2019年 ドイツ 109分
監督:タイカ・ワイティティ
出演:ローマン・グリフィン・デイヴィス、 スカーレット・ヨハンソン、 サッム・ロックウェル

ナチス・ドイツ下の少年もの。 ★★★☆

 

ひと言では分類の難しい映画。
根底に反戦の気持ちがあるのは確かなのだが、表だって反戦映画だと主張しているわけではない。
戦時下に無辜な少年が置かれると言うことの意味の大変さを描きながら、ユーモア感覚もちゃんとある。

 

主人公のジョジョは10歳のナチズムを信奉する少年。
常に子ども用の軍服を着ていて、挫けそうになったときには心の中にいるヒトラー総統があらわれて(監督のタイカ・ワイティティが演じている)叱咤激励してくれる。
母ロージー(スカーレット・ジョハンソン)は社会的に活発に活動しているようなのだが、そんなジョジョを優しく見守ってくれている。

 

純粋な心を保っている少年少女にとって、教育と称して教え込まれることがどれだけ大きな部分を占めてしまうことか。
ジョジョも、何の疑いもなくヒトラー総統に忠誠を誓うことが絶対的なことだと思い込んでいる。
教育は怖ろしい。その国の若者の思考を左右してしまう。
日本のすぐ近くの国でも、幼い頃から反日教育をされて育った若者がいるようなのだが。

 

親衛隊になることを夢見るジョジョは、キャプテン・K(サム・ロックウェル)が開くナチ青少年団合宿に参加する。
そこで、人を殺すには兎を殺す勇気がいる、と命令されるものの、ジョジョは兎を逃がしてやってしまう。
タイトルの「ジョジョ・ラビット」は、仲間達がそんなジョジョのことを意気地なしだと笑って付けたあだ名。

 

訓練で怪我をしたジョジョは自宅で養生しているうちに、母が匿っているユダヤ人の少女エルサ(トマシン・マッケンジー)と出会ってしまう。
そうなのだ、母はレジスタンスだったのだ。ヨハンソン、格好いい。

 

ジョジョの心は千々に乱れる。
そりゃそうだ。ジョジョにとってはナチの教えは絶対だったのだから。それなのに自分の家にユダヤ人が隠れていた! どうすればいいのだ?
エルサに脅されたり説得されたりして、結局ジョジョはエルサを隠し通すことにする。

 

そうしているうちに、母とエルサの二人の影響で、ジョジョの中のこれまでのヒトラー信奉が微妙に変化してくるのだ。
少年のことだからそれは理屈によってではない、もっと感覚的なものなのだ。
大人だったら気づけないような感覚的なもので、純粋な心の少年は変われるのだ。

 

不意にゲシュタポが家捜しに来る場面がある。
エルサのことを姉だとゲシュタポに嘘をついて、なんとかやりすごそうとする。
ここでジョジョがかってはヒトラー信奉者であったことが功を奏する。
騙されるゲシュタポが愚かに描かれていて、緊迫しながらも、ユーモアもある場面だった。

 

そう、この映画はナチスの大真面目な支配があまりにも理不尽であることを描いて、それがかえってユーモアにつながるようにしている。
そこが巧みだった。

 

辛い場面もある。
絞首刑にされた反逆者は、見せしめのために街の広場で吊されて晒される。
ある日、ジョジョはその絞首刑者を見て愕然とする。
この場面では吊されている人の上半身は映らない。ただ腰から下が映り、女物の靴が映る。
ジョジョは、いつも母がしてくれていたようにその靴の紐をきれいに結ぼうとするのだが、涙で上手く結べないのだ。
顔が映されず、ただ靴と、その靴紐を結ぼうとしているジョジョの姿は、悲しみを深く伝えていた。

 

映画の終盤、ついに連合軍が街に攻め込んでくる。
捕まりそうになったジョジョのことを、あのキャプテン・Kが、その子はユダヤ人だと言って庇ってくれる。
そして自分は死んでいく。

 

最後、戦火で崩れ落ちた街中。そんな中で戸口に並んで立つエルサとジョジョ
ナチスから解放された若い二人が、これからの人生を新たにやり始めるのだろうなというエンディングだった。