あきりんの映画生活

映画鑑賞だけのブログです。★★★★が満点評価ですが、ときに思い入れ加算があります。1800本余りの映画について載せていますので、お目当ての作品を検索で探してください。監督名、主演俳優名でも検索できます。

「ワンダーウーマン 1984」 (2020年)

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2020年 アメリカ 151分
監督:パティ・ジェンキンス
出演:ガル・ガドット、 クリス・パイン

無双アマゾネスの悲恋。 ★★★

 

冒頭で、幼い日のダイアナが参加したアマゾネス国での競技会の様子が描かれる。
高い柱の上を飛び歩き、急斜面を駆け上がり、馬上から弓で的を射抜き・・・。
おお、これは究極の”SASUKE”ではないか。
この場面でばっちりと映画に入りこむことができた。

 

時が移って1984年。
博物館で働いているダイアナ(ガル・ガドット)だが、まずはショッピングモールでの強盗を見事にやっつける。
銃弾をはね返す腕輪も、自由自在に操られる黄金の鞭も健在。
好いねえ。

 

ガル・ガドットはとにかく華がある。
エキゾチックな顔立ちで、長身で、兵役の経験もあるということで身のこなしも好い。
前作の時は妊娠中だったというのだから驚く。
身重であのアクション場面をこなしたのか。すごいな。

今作で、ダイアナが通りかかった街で幼い兄妹が雪遊びをしている場面があった。兄役が監督の息子で、妹役がガドットの娘だったのだそうだ。へえ。

 

さて、今作は願いを何でもかなえてくれるドリーム・ストーンをめぐっての戦い。
このドリーム・ストーンは、あの傑作ホラー小説「猿の手」をなぞっている。
願いごとは叶うのだが、その代償にとても不幸な事も起きる、というもの。
これは上手く物語に取り入れられていた。

 

ダイアナはいけないことだと思いつつも、亡くなった恋人スティーブの復活を願ってしまったのだ。
すると、おお、スティーブ(クリス・パイン)が長い眠りから覚めたようにあらわれたではないか。
ちょっと浦島太郎状態でボケをかますティーブも微笑ましくて、ダイアナ、好かったね。

 

しかし、代償はやはり起きたのだ。
あれ、私の戦闘能力が弱くなっている? こんなはずじゃなかったのに・・・。
これではチーター・ウーマンに勝てないわ。 

 

そう、ダイアナの同僚のバーバラは、真面目で地味で引っ込み思案で冴えない女性だった。
そんな彼女がドリーム・ストーンに願ったのは、ダイアナのようになりたい!
おお、とたんにバーバラは見違えるほどセクシー美女になり、挙げ句の果てに無敵のチーター・ウーマンにもなってしまったのだ。

 

そして悪役マックスの登場。
彼はなんと、願いによって自分がドリーム・ストーンになってしまったのだ。
なんか、狡い気もするなあ、それは(苦笑)。
世界のみんなよ、あなたたちの願いを何でも叶えてあげよう。私は全能者なのだ!

 

人々は自分勝手な願いを次々に叶えようとする。人間は愚かな生きものなのだよ。
もちろん代償は大きい。世界が核戦争に突入しそうになるのだ。
そうか、歯止めのきかない欲望に人々が身を任せれば、世界はそうなるのか。
さあ、ダイアナとスティーブよ、何とかしなければ。

 

今作でのドリーム・ストーンのポイントは、願いが取り消せるということ。
で、ダイアナは世界を救うために哀しい決断をしなければならなかったのだ。

 

無双のワンダー・ウーマンなのだが、恋する一人の乙女としてのいじらしさ、可憐さも見せてくれるところが好かった。
ところで、願い取り消した後のバーバラはどうなったのか? 不明のままだぞ(汗)。

 

「リチャード・ジュエル」 (2019年)

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2019年 アメリカ 131分
監督:クリント・イーストウッド
出演:ポール・ウォルター・ハウザー、 サム・ロックウェル、 キャシー・ベイツ

英雄か、犯人か。 ★★★

 

1996年のオリンピックが開かれていたアトランタ
高齢の母(キャシー・ベイツ)と2人暮らしのリチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は、そのイベント会場で警備員をしていた。
実直に仕事をおこなう彼は、ベンチの下に置かれた不審なリュックを発見する。
えっ、これは爆発物じゃないか。みんな、逃げろっ!

 

爆発によって何人かの死者は出たものの、大惨事はなんとかまぬがれる。
マスコミは惨事を未然に防いだ英雄として彼を一斉に報道する。
新聞には出るわ、テレビには出演するわ。
しかし、事件の捜査に当たったFBIは、第一発見者のリチャードを疑い始める。

 

同じイーストウッド監督の「ハドソン川の軌跡」でも、主人公の機長は一度は乗客を救った英雄と言われた。
しかし、やがて操縦の判断ミスをした事故の張本人だと糾弾されもした。
一度非難が始まると、それを増幅させるだけのマスコミ報道。
本作でも、リチャードを一度は英雄扱いをしたマスコミは、手のひらを返したように今度は犯人扱いをする。

 

リチャードの家の周りに四六時中詰めかけ、視聴者を扇動するような報道をするマスコミ。
日本のワイドショーも同じ感覚なのだろう。
マスコミの標的にされたものは、精神的にまいってしまうだろうなあ。

 

さてそんなFBIの追求、マスコミの一方的な非難に困惑したリチャードは、弁護士のワトソン(サム・ロックウェル)に助けを求める。
このワトソンが素晴らしい人物。リチャードの無実を信じて的確な指示をしていく。
さあ、リチャードの嫌疑は晴れるのか?

 

さすがにイーストウッド監督だけあって冗長さがまったくない。
描きたいことだけを抽出して過不足なく提示してくる。これ以上付け加えるものもなければ、どこか削れる部分もない。
そのことによって映画のテーマがくっきりと浮かび上がってきていた。

 

リチャードの人物造形もきれいごとにはしていない。
彼は正直で融通もきかない真面目人間なのだが、どちらかといえば愚鈍ともいえるような描き方となっていた。
実在した人物を扱う場合、さらにその関係者がまだ生存している場合、どのように作品化するかはなかなかに難しいのだろうな。

 

映画の最後のテロップでは、彼は41歳で死亡したとのこと。
そして残された母親は、息子の名誉が回復されたとしてこの映画化を大変喜んだとのことだった。

 

「花の生涯 梅蘭芳」 (2008年)

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2008年 中国 147分
監督:チェン・カイコー
出演:レオン・ライ、 チャン・ツィイー

京劇の伝説の女形。 ★★★

 

さらば、わが愛/覇王別姫」でパルムドール賞を獲ったチェン・カイコー監督が、再び京劇をテーマにして撮った作品。
京劇の実在の女形で、名優とされた梅蘭芳の伝記ドラマである。

 

時は20世紀前半の激動の時代。
京劇の名門に生まれた梅蘭芳は、10代にして女形のスターとなる。
そして邱如白なる人物と出会い、その先進的な考えに賛同して義兄弟の契りを交わす。
(三国史の時代からそういうことをする風習があったのだよねえ)

 

そして伝統的な京劇の世界に改革をすすめていく。
封建的な考えの師匠と意見が対立した梅蘭芳は、それぞれの観客の反応で決着を付けようとしたりする。

 

京劇の舞台の様子も充分に観ることができる。
きらびやかな衣装、甲高い歌声、そして定型化された所作。
(しかし、あの歌は役者自身がうたっていたとは知らなかった。てっきり役者とは別に背後に歌う人がいるのだろうと思っていた。)

 

梅蘭芳の青年期までを演じた俳優は美形で、物語と好く合っていた。
妻帯者となったあたりからはレオン・ライが演じている。
もちろんレオン・ライも美形なのだろうが、正直なところ、なんや、急におっさんになったな、と思ってしまった(汗)。

 

そして梅蘭芳が出会うのが京劇界きっての男形女優の孟小冬(チャン・ツイィー)。
二人はすぐに恋に落ちる。

 

チャン・ツイィーが可憐。
この映画の時は20歳代後半のはずだが、あの「初恋のきた道」の少女っぽい面影を残していて、好い!
それに、小悪魔的なのだ。
どうみたって、これ、孟小冬の方から梅蘭芳を誘っているでしょ。

 

並んで線香を上げながらそれぞれの願いごとをする二人。
何を願ったのかを言おうとした梅蘭芳の口を手で押さえて、孟小冬が言う。
「言わないで。私の願いと違うと悲しいから・・・」
こんな事を可愛いチャン・ツイィーに言われたら、そりゃあもう・・・。

 

しかし孟小冬は自ら去っていく。もうお会いすることはないでしょう・・・。
実は邱如白が言ったのだ、梅蘭芳の至高の演技は、彼が孤独だったから演じることができた、
しかし孟小冬の存在は彼の孤独をなくしてしまう。
どうか、彼の至高の演技の邪魔をしないでくれ・・・。
彼を愛するがゆえに孟小冬は身を引いたのだ。切ないなあ。

 

その後、日中事変から第二次世界大戦の時代となっていく。
進駐してきた日本軍が京劇を政治的に利用しようとしたりして、映画の上のこととはいえ、完全に日本軍は悪者である。
しかし、中には京劇の魅力、芸術的価値を理解している将校もいたりした。
そして大戦が終わり、日本が中国から撤退して京劇が再び表舞台にあらわれる。

 

波瀾万丈の人生である。
2時間半近い尺を一気に見せる面白さもあった。
しかし、実在の名女形の人生を追ったということで、「さらばわが愛/覇王別姫」に比べれば物語性はやや平板であった。

 

「ムーラン」 (2009年)

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2009年 中国 114分
監督:ジングル・マ
出演:ビッキー・チャオ

アクション史劇。 ★★☆

 

古代中国の女闘士ムーランの物語というのはかなり有名なものらしい。
ディズニーはアニメ版で作っていたが、昨年それを実写化した。
しかしコロナ禍とか政治的背景とかいろいろと問題が起きて、日本では上映スルーとなってしまった。
では、ということで、2009年の中国版オリジナルを観賞。

 

舞台は魏の国。だから、時代はあの有名な三国志のすこし後か。
北のフン族の襲撃にさらされている魏では、全戸からの徴兵をおこなう。
どの家も男を一人出すこと。これは王の命令であるぞ。
幼い頃から武術が得意だったムーラン(ビッキー・チャオ)は、病弱な父に代わって男装して戦地に赴く。

 

こんな美形がいれば、男たちはすぐに気づいて噂になるだろう。
しかし、幼なじみと、もう一人を除いては誰も気づかない。ええっ?どう見たって女じゃん(汗)。
それに、トイレや着替え、入浴はどうしたのだろうと気にもなる。
しかしそんなことも考えないことにして、アクション映画を、さあ、楽しもう!

 

ムーランは男顔負けの武勇で、どんどんとその存在感を増していく。
ムーランが女であることを知りながらも、一緒に戦っていく上官のウェンタイ。
大将がウェンタイ、副将がムーランの隊は次々に戦果を上げ、二人も上級大将になっていく。
そんな二人は(当然のことながら)互いに惹かれ合うのだが、ここは戦場。そんな男女の思いなどは御法度なのだ。

 

戦闘場面は迫力あるもの。
リアル感がある代わりに、画面の色合いは茶色系統一色。いかにも無骨な中国映画らしい。
ディズニー版はもっと色彩豊かで、CGバンバンで華やかなのだろうな。
どんな具合だったのだろう。そのあたりは気になるところ。

 

この映画の面白いところは、敵である北のフン族もきちんと描いているところ。
それなりの武将であった父を殺害して実権を握る非情な息子。
戦さを何とかして収めようとする妹。
それらの思惑も物語の展開に関わってくる。

 

ムーランは将軍にまでなり、なんと12年間も戦地で戦い続けていた。
さらなる栄達を断り、故郷に戻るムーラン。老いた父と平穏な生活に戻ろうとする。
しかし、心に残るのはウェンタイのこと。
そのウェンタイもムーランに想いを寄せていたのだが、二人には哀しい運命が待っていたのだ。

 

歴史ものアクションと、悲恋物語が上手く組み合わされていて、好くできていた。
ネット配信となったディズニー版よりは、正当派のこちらの方が確かなのではないかな。

 

「ケサリ 21人の勇者」 (2019年)

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2019年 インド 154分
監督:アヌラグ・シン
出演:アクシャイ・クマール

21人vs1万人の伝説の戦い。 ★★★

 

時代はイギリスがインドを植民地支配していた1897年。
そしてその頃のインド北部ではアフガニスタンの侵攻が脅威となっていた。
そこで国境の3つの砦では、シク教徒の兵を従えたイギリス軍が警備に当たっていた。

 

そのうちの一つのサラガリ砦は、単に他の2つの主要砦の中間で鏡による通信の中継をするだけの基地だった。
駐屯するのは頭にターバンを巻いたシク教徒の兵21人のみ。
指揮官は、イギリス人上官に反抗して左遷させられたイシャル・シン。信念の人。

そのサラガリ砦に1万人のアフガニスタン勢が攻めてきた。
どうする? こちらは21人しかいないんだぜ。

 

ということで、21人vs1万人の戦いとなる。
これは史実に基づいているとのこと。
もう、あのジェラルド・バトラー「300」も真っ青な兵力の差ではないか。

 

インド人というと、日本では昔からカレーのCMでもお馴染みだったように、頭にターバン、見事なあご髭、というのがイメージだった。
実はこれは厳密に言えばインド人と言うよりもシク教徒の風体。
そこでシク教について少し調べてみた。

 

インドで16世紀に始まった宗教で、世界で5番目に信者が多いとのこと。
意外に新しい宗教であることに、そうなんだと思う。
教義はいわばヒンドゥー教イスラム教のいいとこ取りをしたものとの解説もあったが、偶像崇拝カースト制度を否定しているとのこと。
本国インドではわずか2%なのだが、海外へ移住しているインド人の1/3はシク教徒とのこと。
それでインド人と言えばターバン姿というイメージが定着しているのだな。

 

なんといっても特徴的なのは、あのターバンなのだが、シク教徒は髪の毛と髭を切らないらしい。
そして、あのターバンは広く認知されていて、インド陸軍の軍装では軍帽に代わって制式ターバンが認められていたり、イギリスではオートバイ運転時にターバンを巻いていればヘルメットを免除されるとのこと。へええ。

 

映画は前半の1時間はかなりゆっくりとすすむ。
イシャル・シンがどのような信念の人であるかということを、エピソードを重ねて描いていく。
アフガニスタン勢が攻めてきたときに、砦の全員が玉砕を覚悟で戦うのは、愛国心とかでなく、シク教徒としての誇りを示すため。う~む。

 

そして2時間半の映画の後半1時間は戦いを描いている。
この時代の武器は、味方も敵も基本的に銃剣だけ。ときおり袋に詰めた火薬が爆発物として使われる。
攻める方も、古代中国のような攻城用の高い櫓や巨大投石機を準備しているわけではない。
守る方も、特に戦略的に工夫を凝らすといったことはない。
どちらかと言えば非常に原始的な戦い方。
それだけに人間の肉体同士の戦いという感じが強く出ており、その迫力はすさまじい。

 

タイトルの「ケサリ」とはサフラン色のこと。
サフラン色というのはシク教徒には特別の意味を持つ色で、「勇気と犠牲」を意味するとのこと。
シク教兵のターバンの色は軍服と同じカーキ色なのだが、戦いの中盤でイシャル・シンは皆を鼓舞するためにサフラン色のターバンを巻いてあらわれる。
ここは絵になる場面だった。

 

多勢に無勢は如何ともしがたく、21人の仲間はやがて一人が撃たれ、また一人が倒れ・・・。それでも戦いは続く。悲愴である。
ついに最後の一人が倒れて戦いは終わっていく。

 

インド映画なので例によって長い(苦笑)。
歌は若干出てくるのだが、お約束のインド美女はイシャル・シンが思い浮かべる新婚の奥さんしか出てこない。それも清楚な感じの奥さんである。

 

いつもの華やかなインド美女を期待する映画ではなかった。
徹頭徹尾、誇りと信念に基づいて戦いに挑んでいく男の映画だった。

 

「ホテル・ムンバイ」 (2018年)

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2018年 オーストラリア 123分
監督:アンソニー・マラス
出演:デブ・パテル

ホテルでの無差別テロ事件。 ★★☆

 

2008年に実際に無差別テロが起きたホテルでの一日を描いている。

分散してムンバイにやって来たイスラム系のテロリストたちが、駅やホテルなどを襲撃するという同時多発テロが起こる。
その中の一グループがタージマハル・パレス・ホテルを襲ったのだ。
そこは富裕層相手の超高級ホテルで、500人以上の宿泊客と従業員が取り残された。

 

テロリストたちはみな若い。
どこかからの指示に従って無差別に殺害をおこなっていく。
彼らに見つかれば撃ち殺されてしまうのだ。
そんな情勢の中で、ホテルマンたちは客を救おうと、自分の危険を承知で奮闘する。

 

主人公は厨房で働く敬虔なシーク教徒。
人前に出るときは、シーク教の神の教えに従って必ずターバンを巻いている。
その彼が、テロリストたちのターバン姿におびえる老婦人に言う、もし貴方がターバンが恐怖だというなら私はこれを外します、と。
老婦人は、いいえ、大丈夫よ、と答えるのだ。

 

われわれ日本人が思う以上に、シーク教徒にはターバンや顎鬚は大きな意味を持っているのだろう。
主人公はそのあとで、負傷した女性の出血を止めるために自分のターバンを外して包帯にするのだった。

 

映画は、ホテルに居合わせた客たちの運命の明暗も描いていく。
お互いを気遣いながら離ればなれになってしまっている夫婦。
こんな状況でも金持ちの尊大ぶりを見せつける嫌みな男。
他の人はどうなってもいいから自分だけは助かりたいと自分勝手な行動を取ろうとする人、などなど。

 

テロによる残虐な殺戮と、それから必死に逃れようとするアクションものであった。
閉じられた空間での追跡劇、逃亡劇でもあり、緊迫感が続いていた。
客を何とかして助けようとするホテルマン達の奮闘は素晴らしいものだった。
(映画の前半で、客を残して先にホテルから逃げたい者は遠慮なく行け、とホテルの上司が従業員たちに言う。何人かはその言葉でホテルを去るのだが、大半の従業員は客のために残ったのだ。)

 

5日間近くが経ってからやっとデリーから特殊部隊が到着してホテルの制圧が行われる。
襲撃に加わった若者たちは、逮捕された一人以外はみな射殺されたという。
そしてその首謀者は未だに不明のままとのこと。
何のためのテロだったのかは不明のままだったらしい。

 

テロリストの殺害目標は外国人客だったのだが、死亡者の半数以上はホテルの従業員だったとのこと。
損壊したホテルは修復され、今は元通りに営業をしているとのこと。

 

パニック・アクションものとしては充分な内容の映画だった。
しかし、人間ドラマとしては描き方がいささか浅かったか。

 

「プレーム兄貴、王になる」 (2015年)

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インド 2015年 164分
監督:スーラジ・パルジャーティヤ
出演:サルマーン・カーン、 ソーナム・カプール

典型的マサラ・ムービー。 ★★★

 

歌あり、踊りあり、妬みの事件あり、ユーモアあり。
そしてお約束の美男美女の恋物語あり。
インド映画ならではの愉しみ要素てんこ盛りの2時間半あまり。

 

市井の人がひょんなことから王様や総理大臣の身代わりになるという設定は時々みかける。
この映画も王位継承を目前にした皇太子(サルマーン・カーン)が、弟の陰謀で重傷となってしまう。
忠義の宰相は町芝居役者のプレーム(サルマーン・カーンの二役)が皇太子にうり二つであることに気づき、身代わりに仕立てる。

 

こういった身代わり者の場合、だいたいは本物よりも身代わりの方が人間性がよい。
周りの者もどんどんと感化されていく。
少なからず驕りのあった本物の王子には、みな権力に仕えるという感じだったのだが、身代わりのプレームには心からの忠誠を誓うようになっていく。

 

そしてこの映画の一番の見どころは、王子の婚約者マイティリー王女(ソーナム・カプール)がプレームを愛するようになっていくこと。
実は、彼女は本物の王子の尊大さにすっかり心を閉ざしていたのだ。
しかし、自然体のプレームは次第に王女の心を捉えていくのだ。

 

なんだか王子様は以前とは別の人のようですわ。王女はもうすっかり恋の虜。
二人で甘い歌を歌い、楽しく踊る。
おお、こんな事になってしまって、この先どうするのだ? 身代わりなんだぜ。本物の王子じゃないんだぜ。

 

サルマーン・カーンは先日観た「バシュランギおじさんと・・・」の人。
今回も、正直、善人、癒し人、といった感じでいいなあ。
ヒロインのソーナム・カプールは、やはり超絶美人。
2009年の映画「デリー6」でもきれいだった(マサッカリー~と歌いながら少し滑稽なハトの踊りをしていた)。
観る予定にしているこの後の映画「サンジュ」にも出ているとのこと。楽しみ。

 

恋物語と平行して描かれるのは、兄弟妹の憎しみの争い。
先代の王が愛人に生ませた弟や二人の妹たちは王子の兄を憎み、殺そうとまでしたり、絶縁状態になろうとしていた。
しかしプレームは直球ど真ん中の優しさと真面目さで彼らの気持ちを変えてしまう。
お約束の展開だけれど、観ていて嬉しくなる。

 

やがて大円団。
王子の意識が戻り、王の即位式がおこなわれ、そして身代わりはその役を終える・・・。
一途な王女の恋は、そしてプレームの身分違いの恋は、どうなる?

 

華やかな衣装、きらびやかな調度品に飾られた宮殿。
そしていたるところで始まる美男美女を中心にした群舞の数々、歌の数々。
インド映画の王道とも言うべき楽しさが、これでもかと詰まっている映画でした。