あきりんの映画生活

映画鑑賞だけのブログです。★★★★が満点評価ですが、ときに思い入れ加算があります。約2000本の映画について載せていますので、お目当ての作品を検索で探してください。監督名、主演俳優名でも検索できます。

「コンペティション」 (2021年) 映画って、何? と考える映画?

2021年 スペイン 114分 
監督:ガストン・ドゥプラット
出演:ペネロペ・クルス、 アントニオ・バンデラス、 オスカル・マルティネス

映画作りの裏側。 ★★★

 

ご贔屓ペネロペ・クルスが母国スペインで同郷のアントニオ・バンデラスと共演した映画。
アルゼンチン出身のオスカル・マルティネスを加えた3人で、映画作りの舞台裏で繰り広げられる葛藤を描いている。
ほとんどの部分が3人のやりとりで描かれている。

 

ある大富豪が自身のイメージアップのために一流傑作映画を作ろうとする。
映画作りを任せた女性監督のローラ(ペネロペ・クルス)は変わり者の天才監督。
彼女は、世界的スターで俺様キャラのフェリックス(アントニオ・バンデラス)と老練な舞台俳優イバン(オスカル・マルティネス)を起用する。

 

ということで映画作りの日々が始まるのだが、えっ、映画を撮るってこんなに大変なことなの?と思わされる。
撮影に入るまでの読み合わせとリハーサルの場面が本編の大部分を占める。

 

執拗に繰り返される台詞の確認。驚きを30%で話して。次は驚きを50%にして。60%にして。よしいいわ、それでいきましょ。
ほとんどが主役の3人で演じられているので、舞台劇のような雰囲気でもある。
先日観たキアロスタミ監督作「オリーブの林をぬけて」も映画作りを描いた映画だったが、まったく雰囲気は異なっていた。

 

まるで炎のような髪型のペネロペ・クルスは物語を牽引する役どころ。
どんな狙いで次の場面を撮るか、自分の創作意欲にどこまでも忠実であり、その分だけは他人に対して悪意も用意しているような人物。
彼女の気ままな言動に俳優二人は振り回され、競い合わされる。

 

途中であっと驚く場面もある。
ローラは二人に持って来させたこれまでの受賞トロフィーを粉砕機にかけてしまうのだ。
それだけは止めてくれと懇願する二人を尻目に、彼女は情け容赦なくトロフィーや表情状を砕いて行く。
これまでの栄光にしがみついていては今度の映画は撮れないわよ!と言わんばかり。

 

実際のペネロペはカンヌ、アカデミー賞ベネチアでの受賞歴があり、バンデラスもカンヌで受賞、マルティネスもベネチア受賞している。
そんな彼らがやっているのだからメッセージに面白みが増している。

 

後半ではあっというような展開もある。
こんなことになってしまって映画はどうなるのだ?

 

映画の最後にペネロペ・クルスの顔のアップが映し出される。
そして映画を観ている我々に向かって、映画の終わりってなあに? と問いかけてくる。
大きな眼が神秘的で、たらこ唇(アンジーほどではないけれども)が魅惑的。美しい。

 

映画を作るってどういうこと? 好い映画ってなあに? と問いかけてくる映画だった。

 

「K.G.F. チャプター2」 (2022年) 埃と金塊と銃撃戦と肉弾戦

2022年 166分 インド  
監督:プラシャーント・ニール
出演:ヤシュ、 シュリーニディ・シェッティ

インド版アウトレイジ第2章。 ★★☆

 

「チャプター1」では主人公のロッキーが金鉱K.G.F.をのっとるまでの物語だった。
シリーズ第2作の本作は、我が物にしたK.G.F.を狙ってくる者から今度は守るお話。
のっとる、という表現で判るように、このシリーズは悪人の物語。
北野監督の「アウトレイジ」の惹き文句は、”登場人物みんな悪人”だったが、このシリーズもそんな感じ。

(チャプター1はこちら 「K.G.F. チャプター1」 (2018年) インド版やくざ映画 - あきりんの映画生活 (hatenablog.com)

 

K.G.F.(コーラーラ金鉱の略号)の支配者となったロッキー(ヤシュ)は事業をどんどんと拡大していく。
新たな金鉱も発見し、K.G.F.は要塞のような一大都市となっていく。
そこの絶対王者がロッキー。
K.G.F.のかつての劣悪な労働環境から解放された人々も、ロッキーを神のように心酔している。

 

登場人物たちはみな”濃い!”
髭ずらで、欲望にとりつかれたように目はぎらぎらとしている。
本質的にヤクザ映画で、悪人ばかり。主人公もルール無用の悪党。それがこの映画。
きれい事なんて一切なし。そこは覚悟しておく必要がある。

 

舞台も砂と岩山だらけの金鉱だから、薄汚い。
インド版マッドマックスと言われるだけあって、砂漠、鉄、銃、血しぶきが画面をおおう。
インドでは大ヒットをして、あの「RRR」よりも人気だったとのこと。本当?

 

ロッキーはK.G.F.で算出した金の流通網を支配し、金融を世界的規模で展開し始める。
当然反対勢力もあらわれる。
彼らの武装集団がロッキーたちの運搬トラックの車列を襲ってくる場面がある。しかしそのトラックから突き出されるのは夥しい数のロシア製カラシニコフ銃。
この一斉射撃はすごい。敵武装集団はあっという間に木っ端微塵に打ち砕かれる。

 

しかしそこに、金鉱の前の支配者スーリヤワルダンの弟アディーラが復讐に現れる。
このアディーラがものすごい悪役の雰囲気で迫ってくれる。
そう、まるで「北斗の拳」に出てくる敵役のよう。好いねえ。
彼はKGFの奪還のために恋人リナも誘拐してしまう。

 

このヒロイン、リナ役のシュリーニディ・シェッティは正統派インド美人。
前半ではロッキーに対して冷たい素振りも見せていたのだが、後半にはもう相思相愛となっていく。その果てに・・・。

 

物語の状況を盛り上げる歌はふんだんに流れる。
しかしインド映画お約束のダンスは一切なかった。そんな甘いものを挟み込む余裕はないんだよ、と言わんばかり。

 

アディーラも倒した後半になって物語はどんどんとひろがっていく。
なんとロッキーとインド政府との争いになっていくのだ。
ロッキーに対して怒りつづける女性首相は戦車を出動させ、K.G.F.をミグ戦闘機で爆破する。
こりゃとんでもない展開だな。

 

(以下、ネタバレ)

 

最後、金塊を積んだロッキーの船に、インド海軍、そしてインドネシア海軍とアメリカ海軍が近づいてくる。
そして発射されたミサイルが・・・。

 

エンドロールのあとに、えっ?”CHAPTER 3”と書いた原稿が映ったぞ。
ロッキーが死んでしまったのに、続編? どうするんだ?

 

 

 

「オリーブの林をぬけて」 (1994年) イラン純情物語

1994年 103分 イラン 
監督:アッバス・キアロスタミ

村でのほのぼの求愛劇。 ★★★☆

 

あの「友だちのうちはどこ?」と同じ撮影場所でのキアロスタミ監督作品。
あの映画で主人公の少年が友だちのうちを訪ねるために何度も往復した丘へのジグザグ道も映る。
そう、この雰囲気なのだよな。

 

1990年にイランのルードバール地震があり、少なくとも35,000人が亡くなった。
本作はその地震後の同地区で映画を撮影するチームを題材にしている。
映画は、作中の映画監督が映画の出演者を村人の中から選んでいる場面からはじまる。
村人たちも映画撮影に興味津々なのだ。

 

キアロスタミ監督も実際にそのようにして素人の出演者で映画を撮っている。
作中の監督やカメラマンたちは、一軒の家を舞台にした場面を撮ろうとしている。
そのありさまをこの映画は撮っているわけだ。要するに、映画の中での映画撮影。

 

そして、出演者に起用されたホセインは同じ出演者のタヘレに惚れ込み、撮影の合間合間に執拗に求婚する。
しかしホセインは地震で家を失っており、タヘレの母親は家もない者に娘はやれないと突っぱねる。
当のタヘレもホセインの熱心な口説きに一言も返事しようとはしない。
ホセインよ、こりゃ、脈はないぜ。あきらめたら。

 

それなのにホセインは執拗に、自分と結婚してくれれば必ず君を幸せにしてみせると粘る。
このあたり、ホセインに少しイラッとするほど。
おいおい、お前、まるでストーカーのようだぞ。

 

ホセインが登場する場面は、台詞を間違えたりして何度も繰り返される。
同じことを繰り返す場面が何回となく映るのだが、なぜか飽きずに見ることができる。不思議だなあ。
同じ場面なのに、なにか、じわりと見せるものがあるのだよ。

 

嬉しかったのは、「友だちのうちはどこ?」の主人公とその友だちの二人が脇役で出ていたこと。
大きくなっていたが、あれっ、この顔は・・・とすぐに判った。同じ顔だった(笑)。
あと、これは知らなかったのだが、「桜桃の味」の老トルコ人役の人も同じ名前で登場していたとのこと。
同じ村で出演者を募るのだから、同じ顔ぶれもそろいやすいわけか・・・。

 

一日の映画撮影が終わり、皆が解散する。
結局タヘレに一言も口をきいてもらえなかったホセインだが、諦めきれない彼は歩いて帰宅する彼女を追いかける。
もう、純情一途なのだ、ホセインは。

 

オリーブの林を抜けながら、彼は一生懸命にタヘレに話しかけつづける。
誰だって始めから家を持っているわけじゃない、結婚して二人で頑張って家を建てよう。きっと好い家が建てられるよ。
それでもタヘレは返事をしようとはしない。

 

オリーブの林を抜けて次第に遠ざかる二人の姿を、丘の上からカメラが俯瞰構図でとらえる。
もう草原の向こうの方まで行った二人の姿は小さくなり、そして・・・。

 

最後、彼女に追いついた彼が何かを話しかけている。そして彼は急にこちらに向かって駆け戻って来る。
それも道ではなく、草原を斜めに突っ切って・・・。
遠くで起こっている出来事だったので、彼女の返事が観客に聞こえることはなかったのだが、きっと彼は良い返事をもらったんだろうなと思える場面だった。

 

実はこの映画は「友だちのうちはどこ?」「そして人生は続く」とつづく”ジグザグ道三部作”の第3作だったとのこと。
それなら「そして人生は続く」を観ておいた方がよかったのかもしれない、と思ったりもしたのだが・・・。ま、いいか。

 

大事件が起こるわけでもなく、ささやかな市井の人に起きたちょっとした出来事を描いているだけ。
それなのに飽きもさせずに観させてしまう。
これ、すごいことだよなあ。

 

「悪の華」 (2003年) これでやっと私は罰を受けることができるわ

2003年 104分 フランス 
監督:クロード・シャブロル

どろどろ家族ドラマ。 ★★☆

 

フランスのヒッチコックと呼ばれたクロード・シャブロル監督。
カンヌではパルムドール賞を2回取っているし、ベルリンでは銀熊賞も取っている。
そんな彼の映画だが、個人的な相性はどうももう一つ。淡々とした描き方がこちらの波長と合わない気がしている。
それでも、気にはなる監督ではある。

 

主な登場人物は5人だけなのだが、その人間関係が絡み合っていてややこしい。
それぞれが息子フランソワと娘ミシェルを連れて再婚したジェラールとアンヌ。
その息子と娘は恋仲になっているのだが、息子はどうもジェラールの先妻の不倫で生まれているようだ。
アンヌの妹ミシュリーヌも同居していて、家事全般を引き受けてくれているようだ。

 

ね、ややこしいでしょ。

うわべは仲良く暮らしている5人なのだが、何かどろどろとした人間関係を漂わせている。
このあたりの不穏感がシャブロルらしい雰囲気である。
何かが起こりそう、しかし、いつもわりと地味目に事件は起こってくる。
そう、起こっているのは大事件なのに、どこか醒めた目で見ている、そんな感じなのである。

 

華やかな雰囲気のアンヌは市長選に立候補して多忙の日々を送っている。
政治活動に没頭していく妻を、夫ジェラールは表面上は応援しつつもどうやら不満に思っているようだ。
そして、アンヌの選挙活動を妨害するような怪文書が出回る。それは「この一族は誰かを殺してて呪われている!」というもの。
ええっ、誰がこんな怪文書を?

 

この怪文書が暴露しようとしていたのは、第2次世界大戦のナチス占領下の暗い一族の歴史。
実はアンヌの父は親ナチス派だったのだ。そして娘のリュシリーヌに殺されていたのだ。
こんな秘密を知っていて、選挙活動を妨害してくるビラを作ったのはもしかすると・・・。

 

そしてさらに、皆が触れないようにしていた近親相姦の過去もあったようなのだ。
ブルジョワ的な一家だったのに、その実はドロドロの人間関係の一族だったのだな。
映画は観ていて居心地が悪くなってくるような不快感を帯びている。これ、シャブロルのお得伊芸?

 

終盤近くに突発的に殺人事件も起きてしまう。
犯人と、それをかばおうとする人たちは殺人を短絡的に隠蔽しようとしてうわべを取り繕ろう。
それとはうらはらに市長選挙勝利の騒ぎがこの一家を包みこんでいく場面で映画は終わっていく。

 

シャブロルらしいすっきりしない、もやもや感を残すエンディングである。
この感じが癖になる人ははまっていくのだろうな。

 

「ホルンクルス」 (2021年) 心の奥に何がある?それが見えるよ

2021年 115分 日本 
監督:清水崇
出演:綾野剛、 成田凌、 岸井ゆきの

深層心理SF。 ★★★

 

原作は400万部売れたとされる同名のコミック(未読)。

 

なぜか記憶喪失となっている名越(綾野剛)は、ホームレスの生活を送っていた。
ただし、なぜか銀行に預金はたくさんあってお金には困っていない。変なの。
そんな名越のもとに医学生だという伊藤(成田凌)が接触してくる。

 

1週間で70万円のアルバイトをしませんか。頭蓋骨に小さな穴を開けて、その後の様子を観察させてください。
なんだ、それ?
なんでも、そのトレパネーション手術によって脳圧が変化し、脳の働きが活発になるのだという。本当か?

 

電気ドリルで頭蓋骨に穴を開ける手術をするのだが、あれ、どうみても消毒不十分で不潔っぽい。すぐに脳髄膜炎を起こしてしまいそう。
それに、ドリルの尖端が狂って少しでも深く入ってしまったら脳実質が傷ついてしまうぞ。
そんなことになったら大変だが、まあ、そのあたりはコミック原作の映画だからね。

 

さて。頭蓋骨に穴を開けた名越が左目で人を見ると、異形のものが見えるようになったのだ。
なんだ、これは? 気味悪いなあ。
伊藤はこの異形のものをホムンクルスと呼んでおり、人が抱える深層心理が形となったものだと言う。

 

人間の本質は人格形成が行われる幼少期のトラウマにあり、ホムンクルスはそれが視覚化して見えるのだという発想が斬新で面白い。
名越はその能力を用い、心の闇を抱える人たちと交流していく。

 

強面のヤクザの親分は幼いころに弟の指を切断させてしまったちうトラウマを抱えており、風俗店の女子高生は処女であることが負担になっていたりした。
彼らのホムンクルスは超合金ロボットであったり、砂人間であったりした。

 

名越役の綾野剛が上手い。
いつも何か不機嫌そうで、それでいて物事に真剣に向きあおうとしている。
絵空事の物語なのだが、彼の張りつめた演技で見続けることが出来た。

 

後半に登場してくるのが名越の過去の秘密に絡んでくる一人の女性(岸井ゆきの)。
これがかなり縺れていて、観ていて、なるほど、そうだったのか、あれ、そうだったのか、と振り回される。
このあたりはなかなか楽しめた。

 

ホムンクルスの映像はいささか薄っぺらい感じもしたが、独創性はあった。
それにしても、あんなのが普段から見えてたら嫌だな。
映画としては現実世界と異世界、人間のうわべの建前と深層心理、が混在した世界を映像化しようとしており、なかなかに意欲的であった。

 

自分の中の深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを観ている!
これは深いものを含んでいる言葉だと思えた。

 

「碁盤斬り」 (2024年)もし小判が出てきたら、そのときにはその方らの首をもらい受けるぞ 

2024年 129分 日本 
監督:白石和彌
出演:草彅剛、 清原果耶、 國村隼

人情時代劇、 ★★☆

 

私は自分で打つことはないのだが囲碁を見るのは好きである。
NHK囲碁番組は毎週見ている。したがってルールも一通りは知っている。
主役も元SMAPの中では一番好きだった草彅くんだし、それじゃ観てみようかと。

 

無実の罪を着せられて彦根藩を追われた柳田格之進(草薙剛)。
彼は、娘のお絹(清原果那)と江戸の裏長屋で貧しい生活をしていた。
実直な格之進は打つ囲碁にもその人柄が表れ、誠実な勝負を信条としていた。

 

そんな格之進が碁会所で知り合うのが高利貸しの源兵衛(國村隼)。
彼はあくどい仕事で金儲けをし、賭碁でも汚く金を巻き上げているような人物だった。
ところが格之進の打つ碁の清々しさに心を打たれて、それから徐々に正直者に変わっていく。
その様は源兵衛の表情だけで十分感じられた。さすがに國村隼は上手い。

 

原案は古典落語の「柳田格之進」らしい。
清廉潔白な浪人が50両盗みの濡れ衣を着せられ、その大金返済のために娘が吉原に身売りをする・・・という人情話である。
そこに、掛け軸紛失の罪をきせられ藩を追われた武士の復讐物語をかぶせたようだ。

 

碁の監修は高尾紳路九段だった。
随所随所で映る碁の盤面は、やはり今風のものではないなあと思えた。
江戸時代の有名な打ち手には本因坊道策や安井算哲などがいるわけだが、そのあたりの棋譜を参考にしたのではないだろうか。

 

映画の中の布石では三連星が打たれていた。
今はAIの普及により初手の星打ちも珍しくなくなったが、江戸時代の碁では初手小目が多かったのではないだろうか。
碁のルールを知らなくてもこの映画鑑賞には支障はなかった。しかし少しでも知っていると、より楽しめることは確かだ。

 

草薙剛が無精ひげ伸び放題の浪人姿にもなり、熱演していた。
彼は本来はどこかのどかな雰囲気を持つ役者だと思っていたのだが、この映画では真摯に状況に向き合う厳しさを終始醸し出していた。

 

(ちょっと苦言)
命をかけた囲碁で、それも相当の腕の者が”石の下”に気付かないはずはないと思うのだが。冒頭で素人に教えているぐらいの手筋なのに・・・。
でも、それを言っちゃあ話しが成り立たないか・・・。

 

人情話と復讐物語の融合は違和感もなく上手くいっていたように思う。
50両紛失の一件の方の結末はどうなるのかと思っていたが、まあ、これは映画タイトルでバラしてしまっているようなものだからね(苦笑)。

 

(余談)
エンドクレジットで出演者の中に、囲碁の世界では超有名な井山裕太王座、それに超人気の藤沢里菜女流本因坊の名があった。
囲碁監修の高尾九段がエキストラで出てみないと二人を誘ったところ、快諾だったとのこと。
しかし、どこに出ていた? 碁会所で碁を打っている人たちの中にいた? 
出ていると知っていればもっと注意して観たのに。

 

「チャーリーズ・エンジェル」 (2000年) お早う、チャーリー!

2000年 アメリカ 
監督:マックG
出演:キャメロン・ディアス、 ドリュー・バリモア、 ルーシー・リュー
    ビル・マーレイ

美女3人のお気楽アクション映画。 ★★★

 

人気TVドラマの映画化ということで、20数年前には話題になったものだった。
今観ても、そのお気楽アクションは充分に楽しむことが出来た。

 

姿を見せないボスのチャーリー探偵事務所で働く美女3人(キャメロン・ディアス、 ドリュー・バリモア、 ルーシー・リュー)。
今回彼女たちに下された指令は、誘拐された若手社長の救出。
と、一応の物語はある。それに一応のどんでん返しもある。一応、ね。

 

しかしこの映画のキモはそんな物語ではない。
これは、とにかく何も考えずに楽しめるお馬鹿なアクション映画なのだ。物語には感想を言う必要なし。

 

ほとんど意味がなくくりひろげられるエンジェルたちのコスプレが楽しいし、アクションも、ワイアにしてもカンフーにしても無駄な動きばかりで(笑)、エンジェルたちの華麗な動きを見せてくれる。

 

最初から最後までそれだけなのだが、ハイテンションが続き、そんなアホらしい楽しさがうれしい。
ときおりキャメロン・ディアスがみせるカンフーのお馬鹿っぽい決めポーズ、全く強そうに見えなくて、いいなあ。

 

この映画の企画・プロデュースをしたのがドリュー・バリモア
あの“E.T女の子”がプロデュースにも優れた女優になるとは…(ハワイを舞台にした「50回目のファースト・キス」もプロデュースしていた)。
キャメロンに「男たちをぶっ倒す映画作るんだけど、出ない?」と声を掛け、キャメロンは出る!と即答したとのこと。

 

無駄なシーンも多いような気もするが、いやいや、必須要素!
私の一番のお気に入りはキャメロン・ディアスなのだが、ちょっと吊り目のルーシー・リューももちろん悪くありません。

 

感心したのは、武器として銃器や刃物をいっさい使っていないこと。
これには彼女たちの肉体アクションを存分に見せるという狙いがあるわけだが、それでも、最近の映画に多い銃弾の雨あられがないのはほっとするような気がする。
武器に頼らない分だけ人間味があるような、と言ったら言い過ぎか。

 

不気味な悪役の「やせ男」が、よく似ているけれどまさかなあ、と思って調べたら、やっぱり「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のお父さん役の人だった。あまりの役柄の違いにびっくり。
連絡役のビル・マ-レイは、いつもながらの飄々とした雰囲気で、エンジェルたちに囲まれて楽しそうだった。

 

何もあとには残らないが、気分転換にこういう映画を観るのも悪くない。
さあ、ご一緒に、「おはよう、チャーリー!」