あきりんの映画生活

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「イニシェリン島の精霊」 (2022年) 本土の砲撃の音が聞こえる島で

2022年 イギリス 114分 
監督:マーティン・マクドナー
出演:コリン・ファレル、 ブレンダン・グリーソン

静かで強烈な人間ドラマ。 ★★★★

 

舞台はアイルランドの沖合の小さな島、イニシェリン島。
人口が300人のこの島では全員が顔見知り。のどかな平和な島だった。男たちの娯楽といえば、島で一軒だけのパブでビールを飲むこと。

 

島の風景は美しい。夕陽を背景にしたロバの場面は、それこそ絵画のようであった。
しかし島には、本土でくり広げられている内戦の砲撃音が響いてくるのである。
平和で何事も起きないような島は、同胞同士が戦っている過酷な状況のすぐ隣にあったのだ。

 

そんな島の住人、平凡だが気のいい男パードリック(コリン・ファレル)は、長年の友人であったコルム(ブレンダン・グリーソン)から、突然の絶交を告げられる。
二度と俺に話しかけるな。お前の凡庸なおしゃべりにはもうこりごりだ。
理由も分からず、動揺するパードリック。
おいおい、どうしたんだ、俺が何をしたって言うんだ。

 

監督は、「スリー・ビルボード」を撮ったマーティン・マクドナー
あちらに比べると、この映画の物語はとてもゆったりと進み派手な展開も少ない。そのために地味な感じにも思えるのだが、そこに在る精神性は大変に重厚なものだった。
個人的には今作の方がすごいと思った。

 

モチーフは、人の死を予告するというアイルランドの精霊・バンシーとのこと。
村には予言のようなことを呟く老婆がいて、もうじき3人が死ぬ、などという。
が、それはあまり大きな比重ではなかった。

 

パートリックはコルムとの事態を好転させようと、思慮深い妹(ケリー・コンドン)に相談したりする。
でも、コルムの態度の原因がパートリックには分からないのだ。
おいおい、まだ怒っているのかよ。また一緒にビールを飲みにパブへ行こうぜ。
しかし、コルムは本気だった。「今度俺に話しかけたら、俺は自分の指を切り落とす」

 

フィドル(ヴァイオリンのことのようだ)を演奏するコルムにとって、指を斬り落とすことは致命的なことである。
絶交を宣言したコルムのこの頑なさは常軌を逸しているほどに頑なである。
そしてそれを受け入れられないパードリックの鈍感さは、傍目にはどこか愚かしいようにも見えてくる。

 

この諍いは一体なになのか。
ついには、本当にコルムは自分の指を切り落として、パードリックの家のドアに投げつけるのだ。

 

しかし、コルムはパートリックに絶交宣言をしながらも、決して彼を嫌いになったわけではないようなのだ。
理不尽に警官に殴られたパードリックを助けて、家まで送ってやったりもするのだ。
それなのに二人の諍いはとどまることなくエスカレートしていってしまう。

 

この説明が困難な二人の争いは、アイルランド内戦のメタファであるようだ。
親兄弟が互いに殺し合うという、普通に考えればどんな理由も思いつけない悲劇が起こっていたのだ。
マクドナー監督の両親はアイルランド人であり、主演のコリン・ファレルブレンダン・グリーソンの二人もアイルランドのダブリン生まれだ。

 

美しい風景、純朴な島の人たち。
それだけに、どうしてそこまでと思ってしまうコルムの頑なな態度と、それを受けとめかねてさらに状況を悪化させていくパードリックの思慮に欠けた行動が、凄まじい人間ドラマになっていた。

重く気持ちに残る映画を観てしまった。