あきりんの映画生活

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「英雄の証明」 (2021年) 善行の英雄? それともペテン師?

2021年 イラン 127分 
監督:アスガー・ファルハディー
出演:アミール・ジャディディ

市井の人々の人間ドラマ。 ★★★★

 

SNSやメディアによって人生が翻弄されていく男の姿を描く。
平凡な個人が、誇張された情報によって英雄視されたかと思えば、あっという間に手のひらを返したように詐欺師扱いされる様を描く。
監督は「別離」「セールスマン」で2回のアカデミー外国語映画賞を獲っているアスガー・ファルハディー。

 

ラヒム(アミル・ジャディディ)は、元妻の兄 からの借金が返せずに訴えられ、服役をしている。
イランでは借金が返せないと投獄されることがあるんだ、へえ~。
それにしても、刑期はいつまでなのだろう? 借金が返済できるまで? もしそうならば高額借金だったら一生刑務所のなか?
それはさておき。

 

ラヒムは2日間の外出許可をもらったのだが、婚約者のファルコンデが17枚の金貨を拾っていた。
よし、この金貨を売れば借金がかなり返せるぞ。そうすれば出所できるぞ。
しかしこのラヒム、根が善人。金貨を落とし主に返そうとして街中に張り紙をする。

 

このラヒム、考えが甘いというか、思慮に欠けるというか、そんな彼の行動は観ている者を少なからず苛々させる。
刑務所に戻った彼は、落とし主だと言って現れた女性に姉を通じて金貨を返すのだ。
そのときに女性の名前も聞かなければ住所も確かめない。
だいたいが、金貨の落とし主だという証拠をどうやって確かめた? 何も確かめていないではないか。甘いなあ。

 

こんな調子の彼なのだが、この善行がメディアに報じられ、彼は一躍”正直者の囚人”ということになっていく。
刑務所の評判をよくしようとした所長が、こんな善行があったのですよとメディアに情報を流したのだ。
ラヒムは美談とともに祭り上げられ、福祉団体があなたのためにといって募金活動をはじめたりする。
これで借金を返してね。就職先も紹介するわよ。

 

ところが、ところがである。
SNSにこれは詐欺だという書き込みがされる。金貨を拾って返したなどというのはでっち上げだ。
えっ、誰がそんなことを言っているんだ?
すると、マスコミも就職しようとしていた会社からも、女性に金貨を返したことを証明しろと迫られる。

 

詰めが甘かったラヒムだから、件の女性を探しても見つからない。
いよいよ困った彼は婚約者に落し主のふりをさせる。はい、私が落とし主です、金貨も返してもらいました・・・。
いいのかな、嘘がばれるんじゃないかい? もっと困ったことになるんじゃないかい?

 

案の定、そんな嘘をつくものだから(当然その嘘はバレる)、やはり彼はぺてん師だと糾弾されることになる。
ほら、いわんこっちゃない。
福祉団体も、寄付した人たちも騙されたと言って怒る。集まったお金は別の方に用立てるわよ。
そんなぁ~。

 

ここまでくると、ラヒムは半ば錯乱状態。SNSに詐欺だと書き込んだのは元妻の兄に違いないと思い込み、ついに・・・。
もう悪い方へ、悪い方へと事態が転がっていく。
そんな彼の様子が哀れでもあり、少し滑稽でもあり・・・。

 

ラヒムから貸した金を妥協なく取り立てようとする元妻の兄は、そのことだけをみると人情味の無い悪役に思える。
しかしその義兄も、実は娘の婚姻費用まで持ちだしてラヒムに大金を貸してくれたのだ。
義兄の善意を踏みにじっていたのは、ラヒム、あんたの方だったんかい。

 

ラヒムの善行を利用しようとした刑務所の幹部や福祉団体の関係者は、みんな組織の都合を優先してラヒムを切り捨てようとする。。
その一方で、吃音の息子はどこまでも父を信じ、婚約者はラヒムの名誉を守ろうとする。それに姉夫婦は純粋にラヒムを助けようとしてくれる。
人々の思惑が絡み合い交錯する。

 

ファルハディ監督はこれまでも市井の人々のちょっとした行き違いや、誤解、思い込みなどなどから始まる人間ドラマを描いてきた。
人間関係がどんどんと緊張感のあるものになっていき、どうしてこんなことになるんだ?という修羅場にまで行ってしまう。
今作も2時間越えの映画だが、まったく緩むことなく見ることができた。さすが!

 

カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しています。