2003年 アメリカ 155分
監督:アンソニー・ミンゲラ
出演:ジュード・ロウ、 ニコール・キッドマン、 レニー・ゼルウィガー、 ナタリー・ポートマン
黒人奴隷制度がなかった我が国なので(士農工商ほかの身分制度はあったが)、南北戦争がどのような意味合いのものだったのかを私たちが感じることは難しい。
しかし、ともかくアメリカでは国を二分する歴史上の大事件だったわけだ。
この映画は、そんな南北戦争末期の悲恋を描いている。
主人公は、ヴァージニアの戦場で戦っている南軍の兵士インマン(ジュード・ロウ)と、彼が故郷のコールドマウンテンに残してきた恋人のエイダ(ニコール・キッドマン)。
エイダは、布教のために都会からコールド・マウンテンにやって来た牧師の父(ドナルド・サザーランド)と二人暮らし。
その美しさにインマンはすぐに恋に落ちる。
無口だが一途なインマンにエイダも惹かれていく。
広大な南部の田舎風景を背景に、少しもどかしいような美男美女の恋物語となるのだが、南北戦争の勃発が二人を引き裂く。
映画は、南北戦争が始まり、3年が経過したところから二人のそれぞれを交互に描いていく。
戦場で重傷となったインマンは、1枚のエイダの写真を肌身離さずにもっていた。
そして、もう一度エイダに会いたいと、ついに死罪を覚悟でインマンは脱走を図る。
そこから長く苛酷な故郷のコールド・マウンテンへの旅が始まる。
その頃、故郷のエイダは愛する父が急死し、生活は困窮していく。
お嬢様育ちのエイダは実用的なことはなにひとつ知らなかったのだ。
父の時計を売り、近所の人の思いやりでなんとか食べるものを手に入れる日々。
ただただ願うのは、音信も途絶えたインマンにもう一度逢いたい、ただただそれだけ。
ジュード・ロウが困難な旅を続ける不屈の男を好演していた。
いつもは割とにやけた色男といった雰囲気の役が多い彼だが、本作ではひたすら苦渋に耐える男である。格好いい。
ニコール・キッドマンはどこまでも華やか。
しかし、次に紹介するルビーによってエイダはたくましい女へと大きく変わっていく。
本作で輝いていたのは、男勝りで粗野だが気のいいルビー役のレニー・ゼルウィガー。
エイダのところに住みつき、家のことから畑作りまで、エイダを助けて教え込んでいく。
レニー・ゼルウィガーといえば、私の中では「ブリジッド・ジョーンズの日記」のイメージだったのだが、本作ですっかり見直した。
好い女ではないか。
憎たらしいのは南軍の義勇軍を名乗る輩。
南部のためだというお題目の下、やりたい放題、威張り放題。
南軍の脱走兵捜しに駆け回り、見つければ容赦なく処刑をおこなう。
脱走兵を匿ったものも死罪だぞ。覚悟しておけよ。
インマンが故郷にたどり着いたとしても、待っているのは悲劇ではないのか?
しかも、義勇軍の首領はエイダに横恋慕して、事あるごとにイヤらしく近づいてくるのだ。
絶対にこいつは最後に悲劇の元を作るぞ。
旅の途中でインマンは一夜の宿を寡婦のナタリー・ポートマンに借りる。
赤子と二人ぐらしのポートマンは心細い不安な生活。
ひょっとして、インマンはこの地に留まってポートマンと暮らすのではないか、と思ったりもしながら観ていた。
でも、もしそうなれば、あのソフィア・ローレンの「ひまわり」になってしまうよなあ。
さあ、自分を待つ女の元へ苦難の旅を続ける男と、苦難の生活をしながら男の帰りを待つ女。
果たして二人は再会することは出来るのか。
ミンゲラ監督作だけあって、さすがの重厚な物語だった。
アカデミー賞ではレニー・ゼルウィガーが助演女優賞を、ゴールデングローブ賞ではジュード・ロウ、ニコール・キッドマン、レニー・ゼルウィガーがそれぞれ主演男優賞、主演女優賞、助演女優賞を取っています。
見応えのある映画です。