あきりんの映画生活

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「淵に立つ」 (2016年)

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2016年 日本 119分
監督:深田晃司
出演:筒井真里子、 浅野忠信

それは罪なのか、罰なのか。 ★★★★☆

 

先日観た「よこがお」はじわりと感情に染み込んでくるものがあった。
そこで、同じ深田晃司監督、筒井真里子主演の今作を鑑賞。
結論から言えば、この映画でも差し出してくる深い暗さに引きずりこまれた。
邦画特有の、いつまでも乾かない湿った暗さであった。

 

小さな金属加工工場を営む利雄と妻の章江(筒井真里子)は、10歳の娘の蛍と、平穏な毎日を送っていた。
ある日、利雄の古い友人らしい八坂なる人物(浅野忠信)が現われる。
利雄は章江に断りもなく、最近出所したばかりの彼を雇い、自宅の空き部屋に住まわせる。
利夫と八坂にはどんな関わり合いがあったのか?

 

実は、小説「淵に立つ」を先に読んでいた。
小説は原作というわけではなく、脚本も書いた監督の深田が後でノベライズしたもの。
それにしては(というと失礼だが)小説も高い水準のものだった。

 

最初は当惑していた章江も、礼儀正しく、蛍のオルガン練習も手伝ってくれる八坂に次第に好感を抱くようになっていく。
男女間の感情さえ匂わせるような雰囲気になっていくのだ。おいおい、いいのかい。

 

しかし、どうも八坂は何事かを心の奥に秘めているような雰囲気を観る人に伝えてくる。
八坂はなにか不気味さを漂わせているのだ。
八坂役の浅野忠信はずっと白のYシャツにスラックスという、きちんとした身なりをしている。
どこかとってつけたような違和感を抱かせる身なりなのだ。
八坂という人物の立ち位置を良く映像化していた。
彼は章江たち一家にとっては溶けこむことのない存在だったのだ。

 

利雄と2人きりになった時に、八坂が豹変する場面がある。
自分だけが刑務所に行き、利雄は平穏に家庭を築いたことを詰る。
これが八坂の本質だったのか、と怖ろしさが突きつけられる。

 

しかし、もっと怖ろしかったのは、その詰問の直後に、八坂は冗談だよと笑顔を見せたところだった。
瞬時に悪意と善良さが切り替わるようで、見えているものが信じられなくなる怖ろしさだった。

 

映画中盤で惨く辛い事件が起きる。
映された状況から見れば、八坂が犯人と思えてしまうのだが、証拠場面が提示されているわけではない。
彼が単に第一発見者だったという可能性もあったわけだ。
しかし、彼はそのまま行方をくらませてしまう。それじゃ、やはり・・・。

 

筒井真里子は「よこがお」で初めて観たのだが、すごい女優さんがいるものだなと思った。
今作でもクレジットでは浅野忠信が一番目だったが、内容的にはまったく彼女の映画だった。
後半、夫がかっての事件の真相を語る場面がある。
カメラは妻の顔を正面から捉えるのだが、そのときの筒井の表情の深さはすばらしいものだった。
深い二重まぶたと泣き顔のような眉の曲線がすさまじい内面の葛藤をあらわしていた。
そして妻はいきなり自分の頬を自分で叩き始めるのだ。

 

物語は8年後になる。
かっての日に河原にピクニックに行き、皆で寝転がる場面があった。
まだおだやかで、一家が幸せだった(どことなく不穏な空気はあったのだが)頃だ。
そして8年後、同じような構図の俯瞰ショットが映される。
そこには八坂の代わりに彼の息子が映っているのだ。
それは簡単には説明できない人の心がもたらした荒涼たる世界のようだった。

 

タイトルの「淵に立つ」は、どうやらニーチェの「おまえが長く深淵を覗くならば、深淵もまた等しくおまえを見返す」という言葉から来ているらしい。

 

カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞しています。
筒井真里子は、毎日映画コンクールヨコハマ映画祭、高崎映画祭で主演女優賞を取っています。