2016年 アメリカ 116分
監督;トム・フォード
出演:エイミー。アダムス、 ジェイク・ギレンホール
二重構造のサスペンス。 ★★★☆
ヒロインは現代アートのディーラーをしているスーザン(エイミー・アダムス)。
仕事には成功し裕福な暮らしなのだが、夫とは気持ちがすでにすれ違ってきている。
そんな彼女の元へ、20年前に別れた夫エドワード(ジェイク・ギレンホール)から小説が送られてkる。
タイトルは「夜の獣たち」。
本作が監督2作目のトム・フォードは、本来はカリスマ・デザイナーとのこと。
感覚が研ぎ澄まされているのだろうなあ。
エドワードから送られてきた小説は、スーザンに捧げられていた。なぜ、私に?
その物語は、車で移動中の家族が暴漢グループに襲われ、妻と娘は陵辱されて殺されてしまう、というものだった。
残された夫トニー(ジェイク・ギレンホールの二役)は、癌末期の刑事と共に犯人たちを追いつめていく。
そして、夫は犯人を殺し、自分も誤って自らを撃ってしまう、というものだった。
映画は、現在のスーザンの状態と、20年前に結婚していたころのスーザンとエドワードが描かれる。
そしてスーザンが読んでいるエドワードの書いた小説が映像化されて映される。
観るものは、現実の物語と、小説に書かれた物語が次第に重なり合ってきて、重層的な物語を観ている気持ちになってくる。
さて、この映画の一番の問題点は、エドワードが書いてスーザンに送ってきた小説の意味だろう。
それは、妻と娘を殺された夫の凄絶な復讐物語だ。
単純に考えれば(小説の中の夫トニーもギレンホールが演じているので)、エドワード=トニーのスーザンに対する復讐を描いているともとれる。
しかし、物語によって復讐されるスーザンはどこにいる?
映像化された小説の中で殺される妻役はエイミー・アダムスではない。
自分は被害者ではないのだ。
それに、映像化された物語でトニーにエドワードを被せて読んでいるのは、当のスーザンの意識なのだ。
はて、これは?
いろいろと深読みもできる構造となっている。面白い。
(以下、結末のネタバレ)
小説に興味を持ったスーザンは、エドワードに会いたいと連絡を入れる。
結婚指輪をこっそりとはずし、レストランでエドワードを待つスーザン。
しかし、エドワードはいつまでもあらわれないのだ。
もしかして、エドワードはいつまでも自分を待っているスーザンの姿を店の外から眺めていた?
トム・フォード監督は第1作の「シングルマン」も高い評価を受けているとのこと。
これはそちらも観てみるかな。