あきりんの映画生活

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「女と男のいる舗道」 (1962年) 哀悼:J・L・ゴダール監督

1962年 フランス 84分
監督:ジャン・リュック・ゴダール
出演:アンナ・カリーナ

パリの街の一人の女。 ★★★☆

 

ゴダール監督が亡くなった。
彼の「気狂いピエロ」は私のベスト3の1本である。そして、1978年の商業映画決別までのゴダール作品は好きだった。
哀悼の意を込めて、長編第4作目の本作を鑑賞。

 

モノクロ。12章からなり、各章には短いキャプションがつけられている。
冒頭で、ナナ(アンナ・カリーナ)は夫と人生を語り合った末に別れることになる。
並んでかみ合わない会話をする二人の姿は背後から撮られ、ときおり向かいの鏡にナナの顔が映る。
そう、ゴダールの映画の会話は往々にしてかみ合わない。
人生での意思疎通なんて滅多にできることではないのだ、とでも言いたげ。

 

レコード店で働くナナは女優志望だったが、生活は苦しくなる一方。
つい男に誘われ体を許したナナは金を受け取ってしまう。やがてポン引きの彼ができ、ナナは次第に完全な娼婦になっていく。

 

物語の流れをわざと分断するように、各場面の映像は断片的に描かれる。
ゴダールはこうした章立ての組み立てをときおりおこなっていた。
長編映画を観るというよりも、アルバムに貼られた写真を次々に見ていくような感じで、各場面の隙間は観客が自由に想像してつなげていくわけだ。

 

印象的だったのはナナが映画館で「裁かるるジャンヌ」を観ながら涙を流す場面。
そしてビリヤード場でジュークボックスから流れる音楽に合わせて一人で踊る場面。
ここで流れるのがミシェル・ルグランの軽快な曲。コケティッシュで刹那的なナナによく合っていた。

 

カフェに居合わせた老人と哲学的な会話を交わす少し長目の章もあった。
含蓄の多いこの会話の相手は本当の哲学者だったとのこと。
すると、この会話は台本なしでおこなわれたのかもしれない。 ゴダールなら充分にあり得るな。

 

ラストで、ポン引きの彼からギャング組織に売られることになってしまったナナは、争いに巻き込まれて銃で撃たれてしまう。
勝手にしやがれ」でも「気狂いピエロ」でも、現の世界から飛びたつ手段は自らの死だった。
あっけなく、この世界の約束事をご破算にしていくのだ。

 

初期のゴダールらしい作品。さすがに好い。
前髪ぱっつんのアンナ・カリーナも、もちろん美しい。