あきりんの映画生活

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「ある男」 (2022年) 死んだ夫は、本当は誰?


2022年 日本 121分 
監督:石川慶
出演:妻夫木聡、 安藤サクラ、 窪田正孝

なりすましサスペンス。 ★★★☆

 

原作は平野啓一郎の同名小説。
他人になりすました謎の男の物語かと思って読んでみたら、その男を追求する弁護士が真の主人公だった。
さて、この小説を元にしての映画はどんな感じなのか?

 

離婚をして幼い息子と故郷の宮崎に帰ってきた里枝(安藤サクラ)。
彼女は、営んでいた文房具店に画材を買いに来る谷口大祐(窪田正孝)に惹かれていく。
無口で、他人となかなか打ち解けない大祐だったが、心に傷を負ったもの同士はやがて結婚する。
つらさを支え合うような二人は、ささやかな暮らしを送っていたのだが、ある日、大祐が事故で亡くなってしまう。

 

さあ、ここから。
一周忌にやって来た大祐の兄は仏壇に飾られた写真を見て、えっ、この写真の人は大祐ではないですよ。
死んだ理枝の夫だった男は“谷口大祐”ではなかったことが判る。
それでは、これは誰? 私はいったい誰と結婚していたの?

 

その男は、本名も経歴もわからない謎の男“X”だったのだ。
インドや中国ではあるまいし、戸籍によってすべての国民が記録されている日本で、そんな不可解なことが起きるのか?
理枝の依頼で弁護士の城戸(妻夫木聡)が“X”の正体を調べはじめる。

 

戸籍の交換屋なるものが存在するらしい。
城戸は服役中の交換屋(柄本明)に面会して”X"が誰と戸籍を交換したのかを探っていく。
すると、1回のみならず戸籍を他人と交換していた”X"の過去が次第に明らかになってくる。

 

安藤サクラの表情の演技は確かに見せるものがある。ふっと視線をそらせる間の取り方が絶妙なのだ。
(思わず、幸せって何だろうね、と呟きたくもなったが・・・ (セ〇ス~イハウスのCMです 念のため))

 

それに負けじと怪演していたのは(安藤サクラの義父に当たる)柄本明
戸籍交換屋の彼は大阪の刑務所に収監中なのだが、面会に行った城戸を翻弄する。
イケメン弁護士の先生は、ほんまは何も判っていないんとちゃいますか・・・。

 

他人の人生を行きようと欲する人は、それなりの過去を背負っているわけだ。
”X"が背負わされていた過去も過酷だった。
そしてそんな人生を調べ訪ね歩いているうちに、城戸自身にも微妙な感情が芽生えてくる。

 

実は城戸は在日韓国人3世である。
義理の両親は、3世だからもう日本人と一緒だよなというのだが、そういうことを言うこと自体がこだわっている証拠である。
そして妻は浮気をしている・・・。

 

この物語の主人公は、ある男の”X"ではなく、過去を替えた男に魅せられた城戸であった。
しかし、他人の人生を生きるということはどういうことなのだろうか?
原作には「他人の傷を生きることで、自分自身を保っているんです。」という台詞があった。
それは逃避なのだろうか、それとも新生なのだろうか。

 

映画の冒頭とラストにルネ・マグリットの絵「複製禁止」が映る。
この絵は鏡を見ている人物の背中を描いているのだが、鏡に映っているのも背中なのだ。
絵に描かれているのは、顔を永遠に背けている”ある男”なのである。
そして映画の画面には、その二つの背中の絵を見ている城戸の背中が映っているのだ。

 

戸籍を交換し、過去を塗り替えたときに、その人に残るものは何なのだろうか。
それまでの人生を振り捨てて生き始めたとき、”ある男”としか言いようがないその人は、いったい何を自分とするのだろうか。

 

日本アカデミー賞で、最優秀作品賞を含む同年度最多の8部門を受賞しています。