1967年 イギリス 111分
監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
出演:デビッド・ヘミングス、 バネッサ・レッドグレーブ
サスペンス? ★★★☆
”愛の不毛”のミケランジェロ・アントニオーニ監督がイギリスへ渡って撮った作品。
珍しく、サスペンス風味なのだが・・・。
冒頭、ロンドンの街をジープに大勢で乗り込んだ白塗りのパントマイムの若者たちがにぎやかに過ぎていく。
時代は“スウィンギング・ロンドン”と呼ばれた1960年代。
当時の今となっては懐かしい若者風俗が、鮮やかな色彩と一緒にいたるところで氾濫している。
主人公(デビッド・ヘミングス)は売れっ子カメラマン。
自宅の撮影スタジオでは、前衛的な衣装に身を包んだ何人ものモデルを撮りまくっている。
街の骨董屋で見つけた巨大な木製のプロペラを買い込んだりもする。
音楽はジャズ界の巨匠、 バービー・ハンコック。
途中のディスコ場面ではヤードバーズの演奏シーンがあり、ジミーペイジとジェフベックという2大ギタリストの共演も見ることができる。
モデルに使って欲しいと押しかけてくるキャピキャピ(古い!)な、ツイッギー(古い!)風な女の子2人組がいる。
超ミニのワンピースにパステルカラーのストッキング。懐かしい雰囲気。
そのうちの一人が、なんとジェーン・バーキンだった。へぇ~。
さて。
主人公は散歩していた公園で見かけたカップルを、木陰に隠れながら写真を撮る。
うん、これは次の写真集に使えそうだぞ。
しかし写真を撮られたことに気づいた女性(バネッサ・レッドグルーブ)が、写真を公にしないでくれ、ネガを譲ってくれと言ってくる。
その女性は主人公のスタジオにまで押しかけてきて、ネガの引き渡しを要求する。
ひとときの情事のあとに、主人公は偽のネガを女性に渡す。
すると、主人公が留守をしていた間にスタジオには何ものかが入り込み、あたりを探し回ったあとが残されていた。
どうしてあの女性はそこまでしてネガを欲しがる? 写真に何か不都合なものが写っているのか?
こうして物語はサスペンス風味となっていく。
主人公はネガを拡大して何枚もの写真を詳細に調べていく。
すると、超拡大した写真の茂みの中にピストルらしいものが映っていた!
さらに、別の写真の茂みの陰には倒れた男らしいものが映っていたではないか!
しかし、誰も殺人事件など取り合ってくれないのだ。
主人公が死体を探しに行った公園にも、もう何も残ってはいなかったのだ。
最後、憑き物が落ちたような主人公の傍らで、パントマイムの若者たちがエア・テニスを始める(冒頭に映っていた彼らだ)。
彼らはラケットもボールもなく、身振りだけでテニスをしているふりをする。
逸れた(見えない)ボールを主人公も拾ってやったりする。
ここでふっと映画を振り返った。
これ、アントニオーニの映画だよね。ただのサスペンス映画のはずがないよね。
(以下、個人的な考察です)
主人公は、あの公園の写真を執拗に拡大し、茂みの陰からのぞいてるピストル(らしいもの)を見つけた。
そして茂みの向こうに倒れている男性の死体(らしいもの)を見つけた。
しかし、あれは本当にピストルだった? 本当に倒れている男性だった?
もしかすれば、主人公は本当はそこにないものを見てしまっていたのではないだろうか?
本当は見えないはずのものを見てしまったのではないだろうか?
きっと、殺人などどこにも起きてはいなかったのだ。
あの女性は、人に知られては困る密会をただ隠したかっただけではなかったのか。
本当に見えるということ、そして存在しないものを見てしまうこと、そんな状況に陥った主人公の心の奥襞を描いた映画ではなかっただろうか。
そう考えると、最後のエア・テニスの場面がすとんと腑に落ちるのだ。
お洒落な雰囲気なのだが、その一方で不思議な不条理感も伝えてくる映画。
原題は写真用語の「現像」。なんでこんな邦題にしたのだろう?
カンヌ国際映画祭でパルムドール賞を受賞しています。