1988年 ギリシャ 125分
監督:テオ・アンゲロブロス
静謐なロードムービー。 ★★★★☆
アンドレイ・タルコフスキーと並んで美しい映像の作品を作る監督だと私が思っているテオ・アンゲロブロス。
彼の長編第8作は、幼い姉弟によるロードムービーだった。
12歳のヴーラと5歳のアレクサンドロスは、ある夜、ドイツにいる父を探しに長距離列車に乗り込む。
しかし姉弟は父に会ったこともないのだ。ただ母から父はドイツにいると聞かされただけだったのだ。
どうして見知らぬ父に会うことを、そんなにも切望するのだ?
切符がない姉弟はデッキで身を寄せて眠る。
夢の中でヴーラは父に向けて話しかける。お父さん、いきなり訪ねてもご迷惑でしょうからお顔を見たら私たちは帰ります。
何と切ない旅路なのだ・・・。
無賃乗車がみつかり列車から降ろされてしまう二人。
山道をとぼとぼと歩いたり、親切な旅芸人のお兄さんにトラックに乗せてもらったり。
お腹の空いた弟はお金を持たずにパン屋へ行ってみたり(親切な店主が手伝いの代わりにパンをくれる、好かったね)。
幻想的な美しい場面はいくつもある。
突然降り始めた激しい雪に、戸外に出た人々は降る雪を見上げ、まるで時間が止まっているかのように静止している。
そんな光景の中を姉弟だけが警察署を抜け出て通りを歩き去る。
雪の積もる夜の街に一頭の馬がトラクターに引きずられてきて、十字路に放置される。
力を振り絞って馬は起き上がろうとするが、いくら試みてもそれは不可能だった。
ある解釈では、これはギリシャ共産党の終焉を描いているとのこと。
このように、この映画にはギリシャが抱えている政治的な背景が反映されているとする解釈も多い。
ソ連共産党、そして共産国となった東ドイツ。それらに対するアンゲロブロス監督の思いがあるのだという解釈である。
しかし、そのような理屈を考えなくても、この映画は映像芸術として充分に魅惑的であった。
二人が眺めている海から、巨大な手首のモニュメントが浮かび上がってくる場面がある。
人差し指が途中で欠けているそれを、ヘリコプターが吊り下げてどこかへ飛び去っていく。
何か言いたいことが隠されているのだろうなと思えるのだが、単に映像としても印象的であった。
映画はそれでいいんじゃないかとも思ってしまう。
旅の途中で、ヴーラは乗せてもらったトラックの運転手に陵辱されてしまったりもする。
何と苛酷で切ない旅路なのだ。
姉弟はついに国境の河にたどり着く。この向こうがドイツよ。
小舟を見つけた二人は夜の河に漕ぎ出す。しかし国境警備の監視塔のサーチライトに照らされ、闇の中に一発の銃声が響く。
(以下はネタバレなのだが、この映画の価値はそんなところにはないだろうから、書いておく)
暗転していた画面がゆっくりと明るくなっていく。
深い霧が立ちこめているような感じで、やがて一本の大きな樹が見え始める。
二人が樹に向かって歩んでいく姿で映画は終わっていく。
二人は現実世界ではたどり着くことのできない場所を希求していたのだろう。
あの樹が生えていた場所で二人の魂が安らかになることを願わずにはいられなくなるラストだった。
静謐な美しさの作品です。ベネチア映画祭で銀獅子賞を受賞しています。