2023年 179分 アメリカ
監督:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス
幻想譚? ★★★★
冒頭からボー(ホアキン・フェニックス)は不安とちょっとした失敗であたふたしている。強迫観念の塊なのだ。
うがい水を飲んでしまったぞ、おとなしく寝ようと思ったのに隣人からうるさいと文句を付けられてしまったぞ、水と一緒に飲むように言われた薬を飲んだのに水道が出ないぞ、恐ろしげな入れ墨男に追いかけられたぞ、部屋の鍵を盗られて荒らされてしまったぞ・・・。
と、細かく書いていたら切りがないのだが、怯え顔のホアキンあたふたぶりに観ている者も不安になってくる。
これ、現実に起こっている出来事? それともボーの妄想?
その両者の境界も曖昧なままのため、いよいよ物語は混迷していく。悪夢にどんどん引き込まれていく感じである。
そして、つい先ほど電話で話していた母が突然、死んでいると告げられる。えっ?
実家に帰らなけりゃ・・・。
こうしてボーの里帰り旅が始まるのだが、アパートの玄関を出るとそこはもう奇妙な世界に変容していたのだ。
大混乱している街中でボーは車にはねられた、親切な(?)医師一家に助けられ、親切に(?)介抱される。
この柔和な笑顔で上品で親切な医師夫婦がとてつもなく気味悪い。
このあたり、上手いなあ。
こんな事をしてはいられない、母が亡くなったという実家に一刻も早く帰らなければ・・・。
それなのに旅路の森の中では劇団一行と一緒になり、ボーは芝居を観ていたりもする。
急いでいるのに、なにやかやに時間がとられて刻限に遅れてしまう。気ばかりが焦る。
そう、夢のなかで約束に遅れる、そして焦れば焦るほどさらに遅れてしまう、あの感じである。
そしてやっと家に着いてみると、(当然のことのとして)母の葬儀はもう終わっていた。
誰もいない立派な家に呆然と倒れ込むボー。
そして実は生きていた母が現れる。えっ?
これまでの母との確執が振りかえさせられる。
アリ・アスター監督はとにかく家族というものにこだわっているようなのだ。
最後、ボーは小舟に乗って海原を漂い始める。
ああ、これは黄泉の国へ行くメタファーで終わるのかななどと安易な思いで観ていたら・・・まだまだ終わらないのだ。
それから、それからボーは巨大な円形プールのようなところへ引きずり出され、衆人環視のもとに最後の審判にかけられるのだ。
そしてボーの乗った小舟はついに転覆してしまい、ボーは水中に没していく。
なんということだ。
エンドクレジット時には転覆したボートがずっと波に揺られている映像が映る。
いつまでも落ち着かない揺れが、いつまでもどこか不安なものをかき立てていた。
あとに尾を引く映画だった。怪作!
監督はインタビューで「みんな、この映画を観てどん底気分になればいいな」と言ったとのこと。
確かにね。