あきりんの映画生活

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「卵」 (2007年)

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2007年 トルコ 97分
監督:セミフ・カプランオール

静かな抒情詩。 ★★★★

トルコの映画を、おそらく初めて観たと思うのだが、静かな美しい映画だった。
主人公ユスフの人生を追う三部作の第1作で、主人公の成長を逆にたどる構成となっている。
この「卵」では大人になっているユスフだが、第2作の「ミルク」では青年期、第3作の「蜂蜜」では少年期が描かれているとのこと。

冒頭に、広い畑の中の道をゆっくりと歩いてくる老婆をカメラはとらえる。老婆はカメラの前を横切り、ゆっくりと遠ざかっていく。この老婆がユスフの母親だったようだ。
この冒頭のゆっくりとした場面からとても美しい。
場面が変わると、イスタンブールのユスフの古本屋となる。ゆっくりと情景が映し出されていく。

母親の訃報を受けたユスフは久しぶりに故郷に戻る。
古びた実家ではアイラという美しい少女が待っていて、彼女が母の面倒を見てくれていたことをユスフは知る。

ユスフと母親の間にはなにかしらの確執があったようで(このあたりについては第2作の「ミルク」で描かれているようだ)、故郷にもあまりよい感情は抱いていないようだ。
ユスフは儀礼的に葬儀を済ませると、早々にイスタンブールへ戻ろうとする。
だが相続や事後処理などの雑事だけでなく、母親が願かけに羊を生贄にしようとしていたのをアイラに教えられ、完遂するまで滞在してくれとアイラに懇願される。

ユスフは突然倒れたり(持病があるようなのだ)、井戸にはまった男が助けを求める夢を見たりする。
あまりにも繊細な感性が、細やかにつづられていく

ユスフは母親が冷蔵庫のドアに留めていた新聞記事の切り抜きを見つける。
それはユスフが出した処女詩集が文学賞を取った記事だった。
母は息子を誇らしく思っていたのだろう。
親と子どもが互い抱く感情のすれ違いが切ない。

本当に静かな映画である。
音楽はなにも流れない。物音もかすかに聞こえるものばかり。
会話も少なく、画面は静謐が支配している。
映画の中でゆっくりと時が流れ、観ている者の時間もゆっくりと流れる。

終盤近く、イスタンブールに戻ろうとしていたユスフが野原で夕陽を眺めていると野犬に襲われる。
ユスフはそのまま犬と一緒に野原で夜をすごす。
そのときに、たったひとりでユスフは泣くのだ。

タイトルの「卵」なのだが、ユスフが手にした卵が落ちて割れる場面がある。
卵は親に暖められている存在。そして親から離れるときにその卵の殻を割るわけだ。
ユスフは母の死によって卵の殻がなくなったことを知ったと言うことなのだろうか。
最後、飼っている鶏が産んだ卵をアイラが持って来てユスフに渡す。
なにを意味しているのかはよくわからないのだが、何故か心が落ちつく場面だった。

シリーズ第3作の「蜂蜜」は、ベルリン国際映画祭金熊賞を受賞しているとのことです。