2012年 韓国 104分
監督:キム・ギドク
出演:イ・ジョンジン、 チョ・ミンス
重い人間ドラマ。 ★★★☆
韓国映画は、どうしてこんなに重いのだろう。
ピエタというのは、十字架から下ろされたイエス・キリストを抱く聖母のこと。慈悲深い母の愛の象徴でもあるらしい。
親に捨てられ天涯孤独に生きてきたイ・ガンド(イ・ジョンジン)は、あくどい取り立て屋をしている。
利息を払えない債務者の手足に重傷を負わせ、その保険金で借金を返済させるのだ。
情け容赦はなく、誰にも心を開かない。
どす黒さだけがあるような人生だ。
直視できないような痛い(残酷な)場面も出てくる。
そんな場面もイ・ガンドの心の暗さをあらわしているようなのだ。
そんなガンドの前に、私はお前の母親だ、お前を捨てた私を許しておくれ、と一人の女ミソン(チョ・ミンス)が現れる。
しかし、そんなミソンの話を信じられず、ガンドは彼女を邪険に扱う。
しかし、ミソンは電話口でかすかな声で子守歌を歌い、執拗にガンドに対し無償の愛を注ぎ続ける。
果たしてミソンは本当にガンドの母親なのか?
なぜ今頃になって捨てた息子の前に現れたのか?
ミソンのその心は何にむかっているのだ? 本当にガンドに向けられているのか?
ガンドも人の心に飢えていたのだろう。ついにはガンドもミソンに心を開きはじめる。
ガンドにはじめて人間らしい感情が涌いてきて、はじめて癒される日が訪れる。
しかし、その矢先に部屋からいなくなったミソンから、悲鳴とともに助けを求める電話がかかってくる。
母さんに暴力をふるっているのは誰だ?
母さんを危険な目に合わせているのは誰だ?
(以下、ネタバレ)
韓国映画はとにかく、濃い。
邦画のように薄衣に包んだところがなく、感情表現がむき出しなのだ。
もろにぶつかってくる。気持ちが痛く突き刺さってくる。
最後の主人公の行為もすごい。
延々とした苦痛のなかへ我が身を置く。
これはついにピエタがあらわれなかった受難者の姿?(クリスチャンの方、気を悪くされたらごめんなさい)
この映画はサスペンスと銘打っていたが、これは人間の業を描いたドラマ以外の何ものでもなかった。
ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞しています。