2014年 アメリカ 101分
監督:リチャード・グラツァー
出演:ジュリアン・ムーア、 アレック・ボールドウィン
若年性アルツハイマー病がすすむ日々。 ★★☆
主人公のアリス(ジュリアン・ムーア)は大学で言語学を教えている才媛。
大学教授である夫(アレック・ボールドウィン)と3人の子どもにも恵まれ、満ち足りた生活だった。
しかし、ある日、講義の最中にある単語が思い出せなくなる。
そしてジョギングをしていたキャンパス内で自分の居る場所が判らなくなってしまう。
若年性アルツハイマー病は辛いと思う。
身体はどうもないのに脳の働きが次々に衰えていく。
積み重ねてきた過去が失われていく。
それはその人のこれまでの人生が無に帰していくような不安ではないだろうか。
家族の助けを受け、なんとか通常の日常生活を送ろうとするアリス。
しかし、やがては夫の顔が判らなくなり、子どもの名前も忘れる日が必ずやってくるのだ。
アリスは、将来の自分に、もしこの質問に答えられなくなったら次の指示に従いなさい、と語りかける動画を作成していた。
鏡の置いてある引き出しに入っている錠剤を全部飲みなさい、と。
これもよく判る。
ある時点を超えたところから先の人生は否定しておこうと思ったのだろう。
その時の自分には、もう否定する能力も残っていないのだから。
やはり若年性アルツハイマー病を描いた韓国映画に「私の頭の中の消しゴム」があった。
あちらは明らかに”泣かせ”を狙っていた。
こちらは違う。あくまでも淡々と日常を描いていく。
アリスが若年性認知症患者としてスピーチをする場面があった。
それでもまだ認識能力が保たれていた頃だ。
そのスピーチはすばらしいものだった。
人が人であるためには何が必要なのだろう。
人が人であるということはどんなことを言うのだろう。
あまりに辛い出来事なので、無意識のうちに距離を置いて観てしまった。
若いほど、知的生活が高かったほど、症状が早くすすむ、と主治医が説明していた。そうなんだ・・・。
アリスの若年性アルツハイマー病は遺伝性の疾患だった。
子どもの1人にはそれが遺伝していた。これも辛いよなあ。娘も辛いし、母のアリスはもっと辛い。
反抗していた末娘が、自分の夢を断念して母の介護のために家に戻ってくるところは、やはりじーんときた。
静かに心が失われていく日々を描いた映画でした。
アルツハイマー病になったら、その人の人生はその人のなかには残っていなくて、他人の記憶のなかに残っていることになるのだな。